34 / 82
34.
「わたしは大河さまのそばにいるんで」という扉の前にいる小口を置いて、今井に摘まれている安野と共にダイニングへと向かった。
どうしようどうしようと混乱している時、騒ぎに駆けつけた今井によって沈静化された。
「ここまでポンコツでしたっけ!」と小言を言い、鬼の形相を安野に向けていた今井が不意に、姫宮に顔を向けた。
思わず身構えてしまっていた姫宮に向けられた顔は、拍子抜けするほどの穏やかな顔だった。
「さて、今日のおやつは何を作りましょうか」
今井と江藤との間に入った姫宮は、手の上で広げているレシピ本を揃って見ていた。
ちなみに安野は、上山と洗面所と風呂場の方へ掃除しているらしい。
「昨日はスイートポテト、その前はゼリー、ゼリーの前はムースを作ったんでしたよね」
「このレシピ本に載っているものはあらかた作ってきましたね」
「そうですね⋯⋯」
今まで作ってきたレシピをペラペラと捲っていく。
大河と住み始めてから家事のことをしなくてはという使命感があった姫宮は、しかし、家事をしてくれる人達がいるため、自分がやらずとも瞬く間に終わってしまっていた。
手伝いがしたいと申し出ても、「今までゆっくりできなかったのですから、好きなことをしてください」と言われてしまう始末。
それでも、気を利かせてくれていると思われる「大河のためにおやつを作る」という役割を与えてくれた。
破滅的な生活を送ってきた姫宮は、おやつで作るようなものですらまともに作れなく、本当はその役割も自分達がやった方が断然早いと思われているかもしれないが、我が子のために何かしてあげたい姫宮の気持ちを汲み取ってくれたのかもしれない。
自ら赴いて、口の代わりになりそうな物を買いに行きたいと無理に言った時のように。
ともだちにシェアしよう!