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そんな姫宮の葛藤を露知らず、大河のことを話す上山がいつものような事務的な調子ではない、弾ませている声であることに気づいた。
本当に大河のことを大切に育ててくれたのだと伝わる。
だからきっと上山が急にいなくなった現実が信じられず、口が利けなくなってしまったのではないか。
これも全て自分のせい。
自分がちゃんとしていれば、大河をこんな目に遭わせなかった。こんなことにならなければ今頃、自分にだって自然な笑顔を見せてくれたはず。
上山が言うような大河の笑った顔が見たい。
しかし、頭の中で浮かべる大河の顔は、どれもこれも真っ黒なクレヨンで塗り潰されたかのように顔が見えない。
見えない。何も。
嘘まみれの愛に気づけなかった自分が悪い。そうだから、元々自分が悪いクセに自分の代わりに大事に大事に育ててくれた上山のことを少しでも疑ってしまった罰として、自分に向ける大河の顔は見えないのだ。
自分が、悪い。
「⋯⋯姫宮様?」
裏返った声が混じる。
なんで、と思った直後、頬に伝うものがあった。
指先で掬うとそれは、涙だった。
「あ⋯⋯なんで、私、泣いてなんか⋯⋯」
それだと自覚させられた時、窓に伝う雨粒のように次から次へと流れる。
なんでなんで、と混乱する姫宮は拭う。
しかし、溢れ出る涙は何度拭っても、本人の意思とは関係なく流れていく。
拭っても拭っても涙が溢れる。
そばで「どうされたのですか?」と上山が心配そうに声をかけてくれているのに、言葉が詰まって何も言えない。
そのうち、心配したらしい大河もそばに来てくれていたが、その我が子ですら声をかける余裕がなかった。
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