72 / 139

72.

「愛賀、あの時も言ったが、自分を責めるべきではない。過去に起こってしまったことをいつまでも悔やむよりも大河が口を利けるように、笑った顔が見られる、そうした安心できる環境を作ってみてはどうだ。一人で無理そうであれば、安野達が率先してやってくれるだろう。私もできる限りのことを尽くす」 いつもの動かない表情が、目をわずかに細め、それが安心させるように優しい笑みをしているように見えた。 「引きずってしまうのも無理はない。しかし、そうしていてもかえって周りが気にするだろう。安野が特にいい例だ」 肩をがっしりと掴まれて、「どうしたんですか!? 何かあったのですか!」と質問攻めしてくる安野が目に浮かぶ。 日常の一部化していて、見慣れた光景でもあった。 そんな彼女は今日は休みでいない。 が、昨日「何かありましたら遠慮なく連絡してくださいね!」とものすごく念押しをしてきた。 今日の出来事を言ったら、たとえ休みであってもすっ飛んでくるだろう。 御月堂なりの冗談らしいもののおかげで、気持ちが落ち着いていき、強ばらせたままの身体が解れていくのを感じた。 「⋯⋯ええ、はい。⋯⋯特に大河のことになると、不安になってしまって⋯⋯」 「お前らしさでもあるが、かと言って何もかも大河のためにと自分を犠牲にしてまでする行為は絶対に慎んでくれ。いてもたってもいられなくなる」 抑揚のない言葉ではない強く、そして同じくらい真剣な眼差しで含みを持たせた。 もし、大河のためにこの命を捨ててもいいというような、自身を軽んじる行為はしてはならないと深く釘を刺されているようで、これ以上後ろ向きな言葉は言えなかった。 迷惑をかけてしまっている。しっかりしなくては。

ともだちにシェアしよう!