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何か言ってあげた方がいいのか。けれども何を言えばいいのだろう。 どうしたらと悩んでいると、痺れを切らしたらしい小口がさっきよりもわざとらしく大きなため息を吐いた。 「何を伝えたいのかよく分かりませんけど、恐らく御月堂さま関係のことでしょ。御月堂さまよりも自分と仲良くして欲しいって。少しでも長くいたいのは大河さまの勝手ですけど、ママさまは発情期(ヒート)中なんですから、ゆっくり──」 『ぼ』 小口の言葉を遮るように強く押した。 それから続けた。 『ぼ』『く』『の』『ほ』『う』『が』 『が』と押した後、また指が止まってしまった。 『ぼくのほうが』とまでは分かったが、その後は何が言いたいのだろう。 誰かと対比するような言葉。 小口が言うように恐らく御月堂のことだろう。プレゼントした時も特に敵視していたようだし、今回二人きりになった時も良く思ってなく、御月堂がいなくなった隙を狙って、こうしてやってきたのだから。 その御月堂よりも大河の方が上だと主張する言葉。 仲良くしたい気持ちが段々と伝わってきているのは分かる。だから、自分の方が姫宮のことを仲良くしたいというところか。 ボタンを押したまま、次の文字に動かすのをためらっている我が子に、ふっと笑った。 「大河。来てくれて、絵を描いてくれてありがとう。ママ、少し元気になったよ」 ゆっくりとした動作でその可愛らしい頭を撫でた。 すると、びくっとこっちまでも驚くぐらいの大きな反応を見せたかと思えば、そのまま硬直してしまった。 「え⋯⋯た、大河⋯⋯?」 「あ〜、これは恐らくママさまが撫でてくるとは思わなくて驚きと嬉しすぎて固まっているだけですよ」 「はぁ⋯⋯」 そういえば確かに頭を撫でるのは初めてだった気がする。 「まるで限界オタクみたいですねぇ」と面白いとにやにやしていた。 限界オタクってなんだろうと首を傾げる姫宮の傍ら、小口は固まったままの大河の頬をつんつん突っついていた。

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