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「可愛い可愛い」と微笑ましげに見てくる江藤に、用は済んだことだし、一刻も早く部屋に戻りたいとそのことを告げようとした時。 「⋯⋯っ」 変な声が出そうなくらいの突然の衝撃に、よろめきそうになった。 足元に何がと、目線を下げると目を丸くした。 なんと大河が姫宮の足にしがみついていたのだ。 今まで気づく余裕はなかったが、いつもの遊び場にいたのかもしれない。 しかし、初めてしてきた行動に我が目を疑った。 「急にびっくりした⋯⋯大河、どうしたの」 そう訊ねてみるが、姫宮の足に顔を埋めたまま何も言ってこない。 何がどうしたのだろう。 「自分がすぐにでもママさまと話したかったのでしょう」 声がした方へ顔を向けると、そこには腰に手を当てていた小口が立っていた。 「すぐにおさまらないものだと一日に何度言っても聞く耳を持とうとしなくて、行こうとするのを何度引き止めたことか」 「それはご迷惑をおかけしました⋯⋯」 「いえいえ、いつも以上にママさまを量産するという、あまりにも滑稽なところが見られたので良かったですよ」 悪戯な笑みを浮かべた小口がそう言って、持っていたらしいお絵描き帳を掲げた。 またあのお絵描き帳達には、姫宮だけのものが描かれているのか。 煽っているような小口に、しかし大河はちらりと見ているだけで行こうとはしなかった。 眉を下げた困ったような笑みを浮かべた姫宮はしゃがみ、大河と目線を合わせた。 「大河、心配かけてごめんね。今はもう大丈夫だから、あの時約束したこと、一緒に遊ぼうか」 今は目線を合わせるのが恥ずかしいと思っているのか、目を合わせずにいた大河がすぐに頷いてくれた。 その強く頷いてくれたことが嬉しくて思わず、「ありがとう」と頭を撫でていた。 すると、肩を上げ、こちらに振り向いた大河が目をまん丸にしていた。 発情期(ヒート)の時と同じような反応に面白くて、肩を震わせた。

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