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「上山さん、それは違うんです。私が悪いんです。ですから、顔を上げてください」
慌てて自分が悪いのだと主張すると、上山は躊躇いながら頭を上げた。
「⋯⋯と、おっしゃいますと?」
「あ⋯⋯、え、と⋯⋯」
咄嗟に言葉が出てこない。言いたいことがあるのに。
それでも言葉を選びながら言った。
「あの時、上山さんが楽しそうに話すのが、羨ましかったんです。大河の笑った顔が見られて。⋯⋯だから、大河の笑った顔を想像しようとしました。けれども、私の想像に過ぎなくて、見たことのないことを想像できるわけがないのに。⋯⋯悪い方へ考えてしまうのが私の悪い癖なのです」
向けられる、もしかしたらの大河の、想像した顔を思い出して、胸を痛めた。
やっぱり何度描いても、大河の可愛らしい顔は真っ黒に塗り潰されている。
無理なものは無理なんだと自嘲した。
「⋯⋯少しでも姫宮様のお役に立てると思い、自分が見たままの大河様を告げたのですけど、本当に今の大河様しかご存知なかったのですね」
「⋯⋯はい」
「そうだったのですね⋯⋯」
語尾が小さくなっていった上山は、それから何やら考え込んでいる様子だった。
その様子をただ黙って見ていると、おもむろに口を開いた。
「でしたら、一つ提案がございます。大河様の心穏やかに楽しい環境作りをされてはいかがでしょう。症状が緩和されることも関係あるそうなので、それも兼ねてでございます。そうした環境を過ごされているうち、口も利け、姫宮様に笑いかけてくださる日がきっと訪れます。一人で難しいようですが、僭越ながら私が手助け致します」
このような言葉、つい最近でも言われたことがあった。
上山に言ったように癖でつい自分のことを責めてしまった時、それよりも大河のために安心できる環境を作ってみてはどうだと、御月堂に言われた。
そうだ。彼にも似たようなことを言われたのだ。
それから、一人で無理そうであれば、安野達が率先としてやってくれるだろうとも。
本当にそう言った通りだ。
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