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109.
「あの、まだ何か⋯⋯」
「姫宮さん。子守唄を歌ってあげましょうか」
「⋯⋯はい?」
何かの聞き違いだろうか。我が耳を疑っていると、江藤は言った。
「私、人よりもほんのちょっとだけ上手いんですよ。ですので、心地よく寝られると思いますよ」
胸を張って得意げな顔をする彼女に、「そう、なんですか⋯⋯」と曖昧な返事をすることしかできなかった。
しかし、何故急に。
「突然こんなことを言い出して、困惑するのも無理はありませんよね。姫宮さんの不安が少しでも減ったらいいなと思いまして。それで寝られたらなと」
自分のせいで寝られなくなってしまったのかと責任を感じているのかもしれない。
その気持ちを姫宮に悟られないよう、変わらぬ笑みを見せてくれるが、姫宮の目には後悔を感じているように見えた。
「⋯⋯えっと、じゃあ⋯⋯よろしくお願いします⋯⋯?」
「はいっ、おまかせください」
頼られて嬉しいと全面に表した笑みをした江藤は、姫宮の腹部辺りをそっと触れた。
ピクッと緊張で強ばった姫宮のことを気にしてない様子の江藤がすっと息を吸った後、歌う。
夜の静けさを感じさせるような厳かで、されど優しさを包み込むような耳心地のいい旋律に加え、添えられた手がそれに合わせ、とんとんとゆっくりと叩く。
最初のうちは誰かがいることで寝てはいけないと思ってしまい、寝られないと思っていたが、すぐにうとうととし始めた。
そういえば、御月堂の代理出産として依頼されていた時に、要望であった歌を歌ったことがあったのを思い出した。
安野達が慌てて部屋に入ってきた時はさすがに驚いた、けれども。
──姫宮様の歌声、素敵でしたし。
お世辞とは違う、心からそう思っている安野の褒め言葉。
今改めて思い出すと、嬉しくもあったし、大河にそのうち聞かせてあげたい。
大河はどんな反応を見せてくれるだろうか。喜んでくれたらいい。
そして、いい夢を見られたら。
そんないつしかの願いを思い描きながら、姫宮は自分でも知らず知らずのうちに眠りについていたのであった。
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