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しかし、袖を掴んでは首を横に振る息子の反応に面食らった。 というのもまた期待しているような眼差しを向けてくるのだ。 「⋯⋯期待するほどの歌じゃないんだけど⋯⋯」 そう言いつつ、「一応、歌うね」と自信なさげに言った後、どの歌にしようかと視線をさ迷わせた姫宮は、記憶を巡らせた。 江藤が歌ったものはすぐに寝入ってしまったせいでほぼ憶えておらず、かといって他に歌えそうなものがない。 とふと、あの時歌っていた童謡を思い出した。 と言ってもそれも不確かな歌詞であった。 しかし、歌うといった手前ここで歌わないわけにもいかない。 期待の眼差しを一心に向けてくる大河からやや視線を逸らしつつ、記憶がおぼろげな童謡を歌う。 皆を、大河を驚かせないようになるべく小さな声で。 はっきりと憶えていないこともあり、自信なさげに歌ってしまっていたが、ちらりと大河を見ると、驚きと嬉しそうに目を輝かせているようだった。 大河が喜んでいるようで良かった、とさっきよりもしっかりとした声音で同じ節を歌い、とんとんと置いた手で優しく叩いた。 そうしていくうちに大河がうとうととし始め、次第に瞬きがゆっくりとなっていき、閉じる間が長くなっていった。 それから、そのまま目を閉じた大河が口を小さく開けていることから、寝に入ったと思われる様子に姫宮は歌を止めた。 一応、大河が寝られたようだった。 我が子が寝ている姿を見られたのはいつぶりだろうか。 二、三度優しく叩いた後、その手で小さな愛おしい頭を撫でた。 「⋯⋯おやすみ、大河。⋯⋯いい夢を」 静かに眠る大河のことを見つめているうちに姫宮もいつの間にか寝に入ったのであった。

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