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◆好きになった人は◆◇5◇ 疼き
◆◇◆
何度抱き合っても、直人 の体はシンを求めることをやめなかった。
「あっ、も、ダメ……。ん、でも、まだぁ。足りないぃ……」
肌の全てが紅潮し切ってしまって、掴んだ腕の色が白く抜けていく。シンへ向けられたその目は、運命と番うことだけを求めていた。しかし、僅かに発生した綻びが、直人の中で密かに小さな訴えを認識し始めていた。
——チガウ。
耳の中にその声が響き渡り、直人は少しずつ我に帰った。だんだんその声は身体中の骨に伝わるように響き渡り、体が突然熱の全てを失ったかのように冷え始めた。
「えっ……何で?」
「直人? どうした?」
——チガウ、ウンメイジャナイ。
運命の番ではないと体が直人に訴え始めた。いや、正確に言うと、最初からそうでないことを、オメガの芯の部分は気づいていた。だから、本能と体は、そのことを直人に訴え続けていた。
——デモ、アルファ。ダカラ、ホシイ。
それでも、あの日の記憶が直人の目を曇らせてしまい、目の前の男を信司 だと思い込んでしまった。しかもその時、ヒートを起こしたオメガの本能は、ちょうど目の前にいたアルファを求めた。
アルファとオメガは、ただそれだけでいさえすれば番うことができる。それがたとえ運命の相手でなくとも、だ。しかもこの時、直人は思い込みに、シンは恋心に振り回されしまい、どちらも冷静な判断が出来なくなっていた。
「違う、この人は信司だ、信司に決まってる。だってあの匂いがしたのに!」
まだ繋がったままの二人の体は、それでもアルファとオメガであるためか、離れようとはしていない。ただ、強烈に違和感を感じ始めたこともまた事実で、直人は困惑してしまった。
「そんな……あの匂いを間違えたりしないよ! 勘違いで抑制剤を打ち消すほどのヒートは起きたりしないのに」
どうしたらいいのかわからないまま、信司が手を滑らせて届けてくれる甘い刺激を、ただひたすらに受け取り続けた。
「あ、あン、ん、シンっ……」
「直人……ごめん。目の前に俺のフェロモンをきっかけに発情したオメガがいて、何もしないでいられるほど俺は強くない」
そう言って、繋がりをまたゆるゆると刺激し始めた。ずっと茹だるように熱が巡っており、直人の思考はもう全てをシンによって奪われていた。
絶え間なく続く快楽の波に飲み込まれ、「ふあああっ!」という叫びと共に、直人はまた飛沫を巻き上げた。
「っぐ……直人っ……」
シンは、その直人を愛おしそうに抱きしめながら、直人の中へと熱を分け合った。
「あ、あ、胸があったかくなる……」
アルファ特有の長い吐精が、直人の体と心を満たしていく。それと同時に、直人の頬にシンの腕の傷から流れた血が、ぼたぼたと滴り落ちてきた。
「こんなに血が出て……大丈夫なのか?」
少しだけ冷静さを取り戻した直人は、シンの腕をそっと撫でていく。シンが噛み締めた自らの左腕は、穴が開きそうなほどに深い傷が出来ていた。
シンは悲しそうな顔で微笑むと「大丈夫、心配しないで。うち病院だし」と言って直人にキスをした。そして、腕にハンカチを巻き付けると、部屋着に袖を通して立ち上がった。
「ちょっと処置してもらってくるから、直人は寝てて」
そう言って直人の体をキレイに拭いて、寒くないように布団をかけると、シンは部屋を出て行った。
◆◇◆
階下で物音がした。何かが床に叩きつけられている音。そして、二人分の叫び声が聞こえる。
「う、頭いた……」
直人はあれから眠ってしまったようで、いつの間にかカーテンの隙間から朝日が差していた。
「あ……俺、寝てたのか。んっ、何でだ? まだ疼いてる……」
部屋の中を見渡してみる。初めての重いヒートを包み込んでくれたシンは、まだ治療から戻ってきていないようだった。
直人は、昨日まで何の問題もなかったヒートが、まさかこんなに酷く変わってしまう日が来るなどとは、考えたこともなかった。この疼きをどうしたらいいのかがわからず、困惑している。いつもであれば抑制剤を飲めば抑えられるものが、試しに一錠飲んでみても全く効果が得られない。
「うあっ、あ、シンのが……」
逃せない疼きに体を捩ると、シンが注いだものがつうっと溢れ出してきた。その匂いにまた欲が煽られて、熱が溜まり始める。
「何で? したばっかりだし、シンは運命なのに……。やっぱり噛んでもらわないとダメなのか?」
腹の底で蠢くように存在を増していく欲を少しでも治めようと、自分で熱を逃すことにした。かけられていた布団を投げ捨てるように剥ぎ、ヘッドボードに体を預けて大きく足を開いた。
半分気が狂いそうになりながら、必死になって前を擦り、後ろに指を当てがう。それをゆっくりと中へ進めると、シンの残したものが指に絡み付いてきた。
「あ、んんっ……」
それを纏わせながらゆっくりと内側を撫で、涙を流した。欲しい欲しいと叫ぶ体を宥めながら、どうにかしてこの苦しみから逃れようとした。直人は、これまでこんな思いをしたことがない。どこへ届けば良くなるのかもわかっておらず、必死になって答えを探した。
「シンっ! 助けてっ! ねえ! ……信司っ!」
直人が大きな叫び声と共に信司の名を呼ぶと、すんっと鼻にあの香りが漂ってきた。昨日嗅いだのと同じ香りだ。それが、昨日やシンに抱かれていた時とは比べ物にならない濃さで迫ってくる。
「あっ、あっ、やっ……、ああ、何? すごい濡れてくる……」
いつの間にか、シンが放ったものは直人自身から溢れるものに、全て追い出されてしまったようだ。指にまとわりつくものは、オメガの子宮から出てくる、透明で甘い香りのするものへと変わっていた。そしてそれは、あの記憶の香りが近づくにつれ、さらに溢れ、香りを増していく。
「はあっ、はっ、あっ」
もう何も出なくなった先端は、それでも熱を溜め込んではち切れそうになっていた。外から迫る香りと、自分から溢れてくる香りがまた直人の頭を壊していく。
「もう……いやだあー!」
直人の悲鳴に、廊下を走る足音が重なる。そして、扉は大きな物音と共に、蹴破られるようにして乱暴に開け放たれた。
「はあっ、あ、ああああっ!」
直人は、そこから流れ込んできたフェロモンを浴びただけで達してしまった。涙も涎も枯れてしまい、力尽きて倒れ込んでしまった。
「直人!」
突然入ってきた男に名を呼ばれ、驚いて視線を送る。しかし、顔を確認するより早く、男に抱き竦められた。
「……う? ンんっ!」
そのまま貪るようなキスをしてくる男の唇から、シンの時とは比べ物にならないほどの、強くビリビリとした痛みと歓喜が流れ込んできた。痛くて甘いその痺れは、間違いなく昔経験した、あの日のあの痺れだった。
「あふっ、んっ、しっ、信司? ねえ、信司なのか?」
その男は、本当に食べてしまいそうな勢いで直人の唇に食らいつきながら、「そう、信司だ。嘘だろ……直人……会えると思ってなかった!」と答えた。直人は息つく暇もないキスの嵐の中、その髪を手で梳きながら思い出していく。
色素の薄い髪と目の色が悩みだと言っていた。薄茶色の髪と、淡いブルーの瞳。あの時と変わらない、ノーブルな雰囲気。それでもしっかり成長した体は、がっしりと鍛え上げられていた。
夢中になって直人の体のあちこちにキスを落としていくその姿を見ているだけで、下腹部が疼いて仕方がない。待ち望んだ人に会えた、この人で間違いないと、心も体も本能も意見がピッタリ一致した。
「んっ、んっ」
直人が声を漏らすと、信司の口から漏れる息の熱量が上がる。それを肌で感じるだけで、直人は体を揺らした。
「ああ、信司だ。信司だあっ! あ、会いたかった。会いたかったよ」
「直人。俺もだよ。だって……」
信司はパッと顔を上げた。直人は、思わずその顔を見て、目を見張った。あまりに驚いてしまい、両頬をバチンと手で包み込んだ。
「えっ? シン?」
ただ、冷静でいられたのはその一瞬だけだった。
「んあああっ!」
信司が直人を穿った瞬間、何も考えられなくなるほどの強い快楽に飲み込まれた。細かいことなど考えることが出来なくなり、直人は信司が与えるそれに、ただ身を任せることしかできなくなっていった。
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