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関わってこないでよね!②

前世でもこんなことがあった。まだ五歳だったアリステラが初めてシリルと出会った日。泣き虫で、怖がりだった自分の手を引きながら、シリルは一緒に花畑を駆け回ってくれた。そんな彼が太陽みたいにキラキラと輝いて見えて、アリステラは一瞬で恋に落ちた。  過去のことを思い出し泣きそうになっていると、このあいだ蓮斗が転がっていた空き教室へと辿り着いた。未だに腕は掴まれたまま。輝がなにを思ってこんな所に連れてきたのかも謎だ。 「離してください」 「今日は敬語なんだね。怪我の様子を聞きたかったのだけど、あんなに人がいたらゆっくり話すことができないからここに連れてきたんだ」  説明の間も手を離してくれず、思わず眉を寄せる。輝に触れられていると、考えないように心がけていてもシリルのことを思い出してしまう。それが嫌でたまらない。  婚約者だったルキナ=サリバンの言い分と、アリステラに関する悪い噂だけを鵜呑みにして自分を死に追いやった愛する人。国外追放される前、ルキナを害したことなどないと何度訴えても信じてはくれなかった。結局、無実の罪でアリステラは死ぬことになる。 「いい加減手を離してよね。それと、怪我は平気だし、あんたとこうして話している方が僕の身に危険が及ぶんだってわからないわけ!」 「ああ、ごめんね。それに大丈夫だよ。この時間は誰もここは通らないから」 「……ならいいけど。今度からは人前で話しかけたりしてこないでよね」 「人前でなければいいのかい?」 「そういうことじゃない!」  顔だけではなく、揚げ足を取ってくるところまでシリルにそっくりだ。腹が立ってきた蓮斗は、離された腕を擦りながら頰を膨らませる。 「いつもあんなことをされているの?」  あんなことというのは暴力のことだろう。初めは抵抗をしていた蓮斗も、長くいじめが続くうちに受け入れるようになってしまった。けれど、アリステラだった頃を思い出した今は、大人しくいじめられるつもりなどない。 「あれが最後だよ。これからは髪の先だって触らせたりしない」 「強いんだね。なにか心境の変化でもあったのかい?」  輝の手が蓮斗の髪へと伸びてくる。一歩後ろに下がることで手を避けた蓮斗は、威嚇するように睨みつけた。 「触らせないっていうのはあんたのことも含まれてるんだからね。いくら僕が可愛くても、許可なく触ったら駄目だから!」  前までの蓮斗なら絶対に言わないような台詞でも、スラスラと口から出てくる。これも前世を思い出した影響だろう。都城の言うとおり性格は完全に変わってしまった。 「ふふ、それなら許可を貰えば触ってもいいのかな?」  揶揄からかうように、それでいて幼い子どもでも相手にするような口調で尋ねられて顔を赤くさせる。輝の一挙一動がアリステラのきらめいていた頃のことを思い起こさせた。それが、辛いのに甘くもあり、蓮斗の心を苛む。  男同士の結婚が認められている時代だった。けれど、シリルは王太子。子孫を残すためには女性と結婚しなければならない。アリステラもそのことは理解していた。それでも、諦め切れない恋。シリルが笑顔を向けてくれるたびに想いは募っていく。それはまさに純愛そのものだった。 「あんただけは絶対に触っちゃだめ」 「それは残念だな」  くすくすと楽しげに笑みをこぼす輝。その姿を見つめながら、蓮斗は拳を握りしめる。 「僕は教室に戻るから」 「そうだね。時間を取らせてごめんね」 「もう関わってこないなら許す」  感じた気持ちを振り払うように一睨みして空き教室を出る。平気なふりをしていたけれど、心臓は早鐘のように脈打っていた。他人の空似だとわかっている。それでも、向けられた笑顔が網膜に焼き付いて離れない。 (くそっ!くそくそ!しっかりしろ僕!!生徒会長とは絶対関わっちゃだめなんだから!)  自身に言い聞かせながら廊下を進んでいく。それでも気になってしまい、軽く後ろを振り返る。けれど、輝の姿を見つけることはできなかった。

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