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関わってこないでよね!③

教室に戻ると予想通りクラスメイトからの視線が痛かった。結局一限はサボる形になってしまったし、見た目がガラリと変わってしまったから当然だろう。ため息をこぼしたい気持ちを我慢しながら席につく。慣れ親しんだ場所のはずなのに、初めて足を踏み入れたような感覚がした。 「ねえ、なにその格好」 「変かな?」  いつも主犯となって蓮斗のことをいじめてくる、狭山(さやま)が話しかけてくる。周りには取り巻きを引き連れていた。あっけらかんとした態度の蓮斗のことを狭山が気に食わないというように睨みつけてくる。いままでは怖かったその視線が、まったく怖いとは感じない。 「その気持ち悪い顔を見せるなっていつも言ってるよね」  たしかに言われている。ずっと律儀にその言いつけを守り、前髪を長くして顔を隠していた。けれど、もうそんな理不尽な注文を聞いてやる気などない。そもそも、自分の顔に自信が出た今は、下を向き顔を隠くす生活など送りたくもないと蓮斗は思っている。 (ふんっ、顔を見たくないならかまってこなきゃいいのに) 内心で悪態をつきつつ、蓮斗は余裕たっぷりの笑みを顔に浮かべてみせる。 「僕が可愛すぎて嫉妬してるの?」 「はぁ!?なに調子乗ってるわけ!」  頬に向かって狭山が腕を振り上げた。蓮斗はその腕を咄嗟に掴み睨みつける。大人しく叩かれるなどまっぴらごめんだ。それに、護身術の心得のあるアリステラにかかればこのくらい避けることは簡単だった。 「は、離して!」 「僕の顔を叩こうとしたくせに大人しく離してもらえるとでも?」 「なっ、なんなんだよお前!いままでは泣くことしかできなかったくせに!」 「生まれ変わったんだ。前の僕も野ウサギみたいで可愛かったけれど、今の僕はもっと魅力的でしょう」  満面の笑みを向けてやると、狭山は得体の知れないものでも見たかのように、喉から微かな悲鳴を上げた。続いて無理矢理手を振り払い、後ずさり始める。その様子を見つめながら、蓮斗は少しだけ不満げに口角を下げた。  前世であれば、自分を取り囲む人々が賞賛を送ってくれていたはずだ。けれど、今は誰も自分の顔について褒めてくれない。生まれ変わった蓮斗はそれが少しだけ気に食わない。  まるで、決して褒めてくれなかったシリルを見ているようだと感じた。 「わかったなら、あっち行ってよ」  虫でも遠ざけるようにシッシッと手を振ってみせた蓮斗。様子を見守っていたクラスメイト達の視線が突き刺さる。それに気がついた狭山と取り巻きは、顔を真っ赤にさせて怒りながら席から離れていく。 (……嫌なこと思い出しちゃったよ)  絶世の美少年と褒め称えられていたアリステラのことを、唯一シリルだけは褒めてくれたことがなかった。「言動に気をつけろ」や「着飾れば美しくなるのは当然だろう」など、社交界に出るようになってからはますます、思い人はアリステラに冷たくなっていった。  ただ一言、綺麗だと囁いてくれるだけでよかったのだ。けれども、アリステラの欲しかったものはすべて、突如として社交界に現れたルキナに奪われてしまった。 公爵子息である美しいシリルと男爵令嬢であるルキナ。真逆の存在である二人。アリステラはなにもかもを持っていたはずだ。それでも、シリルの心だけは手に入れることはできなかった。 「授業始めるぞ〜」  教師が教室へと入ってきて、授業が始まる。  蓮斗は頬杖をつきながら、ぼーっと黒板に記されていく文字を見つめ続けた。考えれば考えるほどに、自分に足りなかった物がわからなくなる。 (あの性悪女め!できることなら前世に戻ってけちょんけちょんにしてやりたいくらいだ)  じわじわと蘇ってくる怒り。   あえてアリステラの駄目なところを上げるとするのなら、周りが見えていなかったことだろうか。突如として広まったアリステラの醜聞や悪辣な噂は、気がついた頃にはすでに収集のつかない状態だった。更に、身の回りの人間はことごとくルキナに懐柔されており、アリステラが身を守るすべはほぼ潰えていた。  ルキナが涙を流しながら暗殺されかけたがアリステラのことは許してほしいとシリルに頼み込む場面などは、決して忘れられないだろう。今思うと、よく調べれば暗殺者の出処はわかったはずだ。  すべてルキナの自作自演だった 「まるで耄碌爺(もうろくじじい)だ」 「誰が耄碌爺だって?」 「だからそれはシ……あ……」  シリルと言おうとして今は授業中だと思い出した蓮斗。顔を上げると、教師が目の前に立っていて頬が引き攣る。思わずつぶやいた言葉が聞こえてしまっていたらしい。 「授業中はぼーっとするなよ〜」 「……はーい」  いくら気の強い蓮斗でも教師には言い返せない。それは、アリステラに教育を施してくれた先生がとても怖い人だったから。 (マダムトーリー。今思い出しても恐ろしい人だったな……) 所謂(いわゆる)トラウマというやつだ。二重で嫌なことを思い出してしまった蓮斗は、その後は真面目に授業を受けることに専念するのだった。

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