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食えないやつ②
クリームパスタを口に入れながら早く食べ終えて立ち去ろうと決める。けれど、掻き込むわけにもいかず、山盛りのクリームパスタが少しだけ憎たらしい。
「蓮斗って前から食べ方綺麗だったけど、今は高級ホテルで飯食べてんのかってくらいお上品だな。まじでどうしたんだよお前」
蓮斗は得意げにフフン♪と鼻を鳴らすと、見せつけるように美しく完璧な所作でパスタを口へと運んだ。それも当然のこと。アリステラはマダムトーリーのもと、泣きそうになりながらマナーの勉強をしていたのだから。
褒められて気分が良くなった蓮斗は、ご機嫌にまたパスタを口へと運んだ。刹那、遠くから視線を感じて顔を上げる。ブルーグレーのタレ目がちの穏やかな瞳と視線が交わう。数秒見つめ合っていると、輝が席を立ちこちらへと向かって来始めた。
(見つかった!!)
もう関わってくるなと伝えたはずだけれど、どうやら彼は言うことを聞く気はないようだ。気がついた瞬間、所作など気にせず思いっきりクリームパスタを口内へと掻き込む。そんな蓮斗の行動を見ていた都城がギョッとした表情を浮かべる。
「突然どうしたんだよ!?」
声をかけられたけれど、どんどん近づいてくる輝に気を取られて言葉は耳を通り抜けていく。なんとか詰め込んだパスタを食べきった蓮斗は、ゆっくりとうどんを味わっている都城へと厳しい視線を向けた。それから、急かすように机をバンバン叩く。
「早く食えええ!!一分一秒も惜しい!!来ちゃうんだよ!僕の平穏が今この瞬間も脅かされてるんだよ!だから、は!や!く!食ええええええ!!!!」
「んぶっ!おぼれるっ!んごぉっ、汁がっ」
待ち切れずうどんの入った器を都城の口元へと押し付ける。こんなに人の多い場所で話しかけられてしまえば、ますます目立ってしまう。
「そんなに慌てなくてもご飯は逃げないよ」
焦りがピークに達した瞬間、柔らかな声に話しかけられて口元を引きつらせる。横を見れば、興味深そうに蓮斗達の行動を見つめている輝が立っていた。脱力した蓮斗は、椅子にズルズルと腰掛けてため息をこぼす。
____結局こうなるのなら、しっかりパスタを味わっておけばよかった……。
胸に悲しみを抱えつつ、蓮斗は輝を見つめ返す。状況の飲み込めていない都城はまだ微かに残っているうどんを口へと運んでいた。
「最近よく会うね」
「僕は顔を見たくないんだけど」
「あはは、正直者なんだね」
あえてきつい言葉を選んで返しているというのに、輝はまったくダメージを受けていないどころか、気にしてもいない様子だ。むしろ楽しそうに笑顔を浮かべてなおも話しかけてくる。
「食べ終わったから食堂からは出ていくし、あんたも吉澤先輩の所に戻りなよ」
都城が食べ終えたのを確認してから提案する。先程から、志乃がこちらの様子を伺っているのに気がついていた。それに生徒の目もある。
会長の輝が個人に声を掛けているこの状況はかなりまずい。それに、蓮斗はとにかく目立ちたくないのだ。
「都城行こう」
「お、おう……」
立ち上がると食器の乗ったトレイを手に持とうと腕を伸ばす。瞬間、腕を掴まれて動きを止めた。苛立ちに任せて輝を睨むと、捨てられそうになった子犬のような視線を向けられてしまう。その目は苦手だ。シリルも、アリステラにお願い事をするときはよくそういう視線を向けてきていたから。
「俺の名前を呼んでくれたら離す」
「はぁ?意味わかんない」
「俺のことはあんたって呼ぶでしょう。皆のことは名前で呼んでるのに」
「名前って……都城も吉澤先輩も苗字でしょ」
「じゃあ、苗字でもいいから」
心底面倒くさい。けれど、言うことを聞かなければ本当に離してはくれなさそうな雰囲気だ。深海のようにふかいため息をこぼした蓮斗は、呆れた視線を輝へとむける。彼からの頼まれごとに弱い自分のことを、今は心底恨んでしまう。
「安藤先輩。これでいいでしょ」
言われたとおりに名前を呼んだはずなのに、輝は一向に手を離してはくれない。それどころか、寂しそうな表情まで浮かべている。流石に腹が立ってきた。
「言われたとおり名前を呼んだんだから離してよね!」
「やっぱり下の名前がいいな」
その綺麗な顔をひっぱたいてやりたいと心底思う。
「輝、離して」
「ふふ。うん、わかった」
嬉しそうにはにかみながら、すんなりと手を離してくれる。けれど蓮斗への被害は大きい。輝は得をしたのかもしれないけれど、蓮斗へと向けられる周りからの視線が厳しくなったことは間違いがない。
「輝」
蓮斗が文句を言おうと口を開きかけたとき、鈴の鳴るような可愛らしい声が被さるように輝の名前を呼んだ。ゆっくりと近づいてくる志乃をじっと見つめる。彼も蓮斗から視線をそらさない。緊張感がお互いの間を行き来している。この感覚を知っている気がした。
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