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お勉強会②

「会長っ」  突然現れた輝に狭山は歓喜と驚きの声を上げる。蓮斗はそんな彼に冷めた目を向けながら、自分が輝に感じた心の変化へと疑問を持った。関わりたくないと思いながらも、無意識に求めてしまう。輝とシリルを重ね合わせて、与えてもらえなかったことを輝に望んでしまうからなのかもしれない。でも、蓮斗は自分の複雑な感情を受け入れることが難しかった。 「なにもないからあっちに行って」 「そうは見えないけれど……」  灰ブルーの流し目が狭山へと向けられる。視線に気がついたのか顔を赤くさせる狭山を蓮斗は冷めた目で見つめ続けた。 「酷いことでもされたのかい?」 「蓮斗、俺にも教えてくれ」  輝と都城が詰め寄ってくる。心配げな色を宿した瞳で見つめられて酷く居心地が悪く感じた。こんな風に誰かから本気で心配されることなどなかったため、慣れていない。 「違います!僕はなにもしてなくてっ、その……」  狭山が慌てた様子で弁明を始める。輝に悪印象を与えまいと必死な様子だ。けれど、蓮斗は言い訳をさせるつもりなどない。顔を見せるな言われたこともあるのだから、いじめられている理由など明白だろう。  「僕が可愛すぎて嫉妬してやったことだってわかってる。たしかに僕は玉のようなお肌だし、目も宝石みたいに輝いていてクリクリだ。髪だって毎日しっかりケアしているから艶々だよ。嫉妬したくなる気持ちもわかる!」 「はあ?そんな理由じゃないけど」 「嘘はつかなくてもいいから。全部わかってる!」 「だから!違うってば!!」 「嘘はつかなくてもいいから!」  都城はまた始まったといわんばかりに、蓮斗のことを呆れた顔で見つめてくる。そんななか、輝だけが楽しそうに笑顔を浮かべていた。 「あはは、蓮斗は面白いね。言うとおり、可愛らしいしユーモアもあるなんて魅力的だ」 「ふん、よくわかってるじゃん」  まさか輝が褒めてくれるとは思っていなくて照れてしまう。それがバレないようにそっぽを向いた蓮斗のことを、輝が笑顔で見つめてくる。打って変わり、都城と狭山は呆けた表情を浮かべていた。 「会長、本気で言ってます?」  都城が恐る恐るというように輝に声をかける。質問をしっかりと耳に入れていた蓮斗は、鋭い瞳で都城を睨みつけた。その圧に押されて都城は肩をすくめる。 「本気だよ。蓮斗はとても素敵な子だ。俺に近づくなと言ってきたのも彼が初めてでとても新鮮だったんだよ。それで興味を持ったんだから」 「興味は持たなくていいから!」  すかさず否定する。けれど、内心は嬉しさでいっぱいだった。輝は蓮斗のことをきちんと見てくれている。言葉や態度を決して否定しない。だから、彼の言葉を聞いてようやくシリルと輝は別人なのだと呑み込むことができた。 「ふふ、ほらね。そういうところが可愛い」 「会長って感覚がズレてるんですね」  横で都城がさりげなくツッコミを入れている。狭山まで同意するように頷いていた。でも、蓮斗は気にならない。輝から与えられる一言一句を聞き逃すまいと、全集中しているからだ。 「さてと、理由はわかったことだし狭山君は蓮斗に謝罪するべきだと思うな。俺も傷ついた蓮斗を見たことがある。本当なら停学処分でもおかしくない問題だからね」 「っ、僕は……」  急に真面目な顔に切り替えた輝が言い聞かせるように狭山を諭し始める。バツが悪そうにうつむいた狭山は、数秒後蓮斗へと視線を向けて小さく謝罪の言葉を口に出した。不服だと思っていることは表情が物語っている。それでも進歩だ。 「今後二度としないなら許してあげる」 「……言われなくてもしないよ。それに、僕がしなくてもまた別のやつがやるだろうし」  不穏な言葉に疑問を抱く。主犯は狭山のはずなのにまだ続くとはどういうことなのだろうか?  尋ねようと口を開いた瞬間、狭山が逃げるように勢い良くその場を去ってしまった。追いかけるか迷ったけれど、都城を追いていくわけにもいかず諦める。 「なんだったんだ……」  都城が狭山の背中を見つめながら呟くのが聞こえてきた。 「……気にしなくていいよ。あーもう、狭山のせいで勉強時間がすごく減っちゃったよ。ほら、再開するよ!」 「俺も混ざっていいかな?」 「駄目に決まってるでしょ!って、なに隣に座ってんの!?」  当たり前のように蓮斗の隣に腰掛ける輝。机にばらまかれたテキストを確認し始めたのを、蓮斗は横目に睨みながら見つめる。長いまつげに縁取られた瞳が、窓から差す夕日に照らされて不思議な色彩に染まっていた。どこを見ても隙のないくらい美しい男だ。アリステラもよくこんな風に、シリルの横顔を見つめながら想いを募らせていた。 彼への思いは、叶うと信じていた恋。けれど、結局叶わず失ってしまった愛だった。

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