11 / 19

お勉強会③

「ここを勉強しておくといいよ」  突然蓮斗へと顔を向けてきた輝が、テキストを指差しながら教えてくれる。けれど、それどころではない。やけに顔が近く感じられて、心臓が大きく鳴り始めたからだ。気にしているのは蓮斗だけ。輝は淡々とした柔らかい口調で、次々にテスト範囲を教えてくれる。 「あ〜と、俺は用事を思い出したんでこれで失礼させてもらうわ」  突然穏やかではないことを言い出した都城を蓮斗が慌てて止めようとする。けれど、それよりも一歩先に素早く席を立たれてしまった。  空気を読んだつもりなのだろうか?だとしたら検討違いも(はなは)だしい。 (裏切り者〜〜〜〜!)  蓮斗の内心は涙目だ。輝と一緒に居ないように心掛けようとしているはずなのに、どうしてだかいつもうまくいかない。それもこれも全部輝が無駄に関わろうとしてくるせいだ。 図書室から去っていく都城の後ろ姿を睨む。 「二人きりになっちゃったね」  気持ちとは裏腹に、輝はやけに嬉しそうだ。この笑顔を見ていると毒気を抜かれてしまう。なんの思惑もない純粋な笑み。 「……さっきの言葉本気?」 「どれのことかな」 「僕が可愛いってやつ……素敵とか、言ってたの」 「ああ。うん。本気だよ」  輝の瞳が蓮斗の姿を映し出す。吸い込まれてしまいそうだ。目をそらしたくなるのに、無意識に見つめ返してしまう。 「勉強……するから……」  顔を真っ赤にさせながら小さく言葉を返す。平常心を保ちたいのに、ざわつく心は簡単には抑えられない。気持ちを切り替えたくて問題集の文字を追いかけてみる。けれど、隣から聞こえてくる衣擦れの音や、呼吸音に集中は簡単に掻き乱されてしまう。香水とは違う自然な柔軟剤の香りが鼻腔を通り、蓮斗は同じ問題から手を動かせずにいた。 (なんでこんなやつにっ……)  心を揺すぶられる。アリステラがどれだけシリルのことを好きだったとしても、蓮斗が輝を好きになるわけではない。それでも直接ストレートに褒められてしまうと、どうしても反応してしまう。 「この問題がわからないの?」 「っ……わかる」 「そうなの?でも、さっきから全然進んでいないみたいだ」  天然なのかはわからないけれど、輝が蓮斗のことを煽ってくる。そのせいか、更に頭の中がごちゃごちゃになってきた。 「あーもー!バ会長!」 「ふっ、突然どうしたの?」  瞳を潤ませて真っ赤な顔で、輝を睨みつけながら声を荒らげる。そんな蓮斗に輝は優しい笑みを向けてくれる。彼は蓮斗と話すときいつも楽しそうにしている。蓮斗が怒っていても、それは変わらない。 「僕、怒ってるからね」 「どうして?」 「関わらないでって言ったのに全然言うことを聞いてくれないから」 「蓮斗に興味があるからね。関わらないなんて無理だよ」  その興味はいつ消えるのだろうか。疑問に思うけれど聞く気にはなれない。興味を持つことは人間関係の始まりだ。だから、もしも輝が蓮斗へと興味を示さなくなれば、その先にはなにも起こることはなくなる。その事実が怖い。蓮斗は無意識のうちに輝から興味を持たれなくなることを恐れている。 「興味なんて持たないでほしいんだけど」  それなのに、(ひね)くれている蓮斗の口からは拒否の言葉しか出てこない。それでも輝は相変わらず楽しそうだった。  進まない勉強に嫌気がさした蓮斗は、問題集を閉じて帰る準備を始める。これ以上していても時間の無駄だ。それなら寮に戻って都城に教えてもらうほうがいいと考えた。  「明日も勉強するの?」 「あんたとはしない」 「本当にはっきり言うんだね。そういうところに惹かれてるんだ」 「っ、ばかじゃないの!言っとくけど、関わってくるなって言ったのはまだ有効だからね」 「それは残念だ」  少しも残念じゃなさそうに言葉を返されて腹が立つ。このままだと本気で輝は言うことを聞いてはくれなさそうだ。志乃に輝を押し付ける作戦も、本人がその気はなさそうなため無理だろう。蓮斗は酷く頭を悩ませる。 「ほら、帰ろう」  動きを止めていると、輝が蓮斗の手を握ってきた。抵抗する間もなく、そのまま図書室を一緒に出る。伝わってくる体温が鼓動をゆっくりと高鳴らせていく。大きな背を見つめながら、唇を噛み締めた。  輝が蓮斗の心に歩み寄ってくる。そのたびに、少しずつ彼の方へと心が傾き掛けていく。シーソーのように、今は関わらないと決めている強い心も、いつかは完全に輝の方へと落ちてしまうのかもしれない。そんな予感に苛まれながら、長い廊下を二人で一緒に進んでいく。 「……僕は平穏に暮らしたいんだ」 「そうなの?」 「そうなのじゃなくて!輝と一緒にいたら周りから目をつけられて、平穏な暮らしなんてできなくなるだろ!」  それに、シリルのことを思い出してしまう。それがなによりも辛い。もう、あんな思いはしたくなかった。 「俺が蓮斗の平穏な生活を守るよ。それなら話しかけてもいい?」  伺うような声音に心臓が鷲掴みにされる。どれだけ拒否しても、輝は決して引いてはくれない。それどころか、出会って日の浅い蓮斗のことを守るとまで言ってくれる。その言葉を信じてもいいのだろうか……。  信じたい心と、疑いが入り交じる。 「好きにすればっ」  結局答えは出ず、選択肢を輝に委ねてしまった。彼は蓮斗の言葉を聞き入れると、本当に嬉しそうに顔を綻ばせる。 (どうせすぐに飽きるだろうし……)  期待などしない。そのせいで何度も裏切られて来たから。でも、蓮斗は輝には弱い。シリルとそっくりなのに、性格は真逆のような彼から目が離せなかった。だから、強く拒否できない。

ともだちにシェアしよう!