13 / 19
大切な思い出①
屋上で都城御手製のお弁当を広げながら、青い空を眺めていた蓮斗は、心地のいいそよ風に吹かれながら大欠伸をした。今日は一人で昼ご飯を食べている。都城はクラスも違ううえに、剣道部に所属していて昼は基本的に自主練をしている。だから、この間食堂で会えたのは奇跡のようなものだった。少し寂しいけれど、一人はのびのびとできるため、蓮斗は気にしていない。
「こんな所にいたんだね」
「ゲッ」
屋上の扉から姿を表した輝が、すぐに蓮斗を見つけて話しかけてきた。相変わらず、当然のように隣に座ってくる。それをうざったいと思いながらも、蓮斗は拒否しない。好きにしたらいいと言った手前、傍に寄るなとは言えないからだ。箸を持っている手に微かに力が入る。やはり、輝の息遣いを感じるだけで落ち着かない心地になった。
「今日は一人なの?」
「そうだよ。さっきまで、優雅に一人ご飯を楽しんでいたんだ」
「ふふ、じゃあ俺もランチに混ぜて貰おうかな」
嫌味を言ったはずなのにまったく通じない。それどころか、手に持っていた袋からパンを取り出し始めて、蓮斗はげんなりとしてしまう。本気で一緒に昼ご飯を食べるつもりらしい。
「美味しそうなお弁当だね。自分で作ったの?」
「都城の御手製。あいつは料理が上手いから」
答えてから、アスパラのベーコン巻を口へと放り込む。タコさんウィンナーは最後に取っておく。カニやウサギの形をしているときもある。動物の形をしていると特別感があって嬉しくなるから、蓮斗はウィンナーがお弁当のおかずの中で一番好き。
ご機嫌にそう考えていたとき、横から伸びてきた手が、タコさんウィンナーを攫っていった。気がついて止めようとしたときには、形のいい唇に吸い込まれたあと。蓮斗はわなわなと肩を震わせながら、輝を睨みつける。
「なにするんだよ!!」
「美味しそうだったからつい」
「ふざけるなよ!ばかっ!おたんこなす!タコさんウィンナーを食べるなんて、極刑だ!」
「ごめんね。でも、なんだか悔しくて」
眉を垂れさせながら、輝は本当に申し訳なさそうに言葉を続ける。
「蓮斗が他の人が作ったお弁当を嬉しそうに食べていたから羨ましかったんだ。きっと、都城君は蓮斗のそういう顔をいつも見ているんだろうなって思ったから」
途端蓮斗の顔が燃えるように熱くなった。まるでヤキモチでも焼いているような台詞だ。戸惑いが隠せず視線が彷徨う。しっかりと味付けされているはずのおかずが、無味に感じてしまうほどに、頭の中は真っ白。
「返してくれたら許す」
「うーん、なかなか難しい条件だ」
輝が蓮斗の頭を撫でながら相槌を打ってくる。それが案外心地良くて、怒りも鎮まっていく。
____今度都城にお願いしてタコさんウィンナーを三個入れてもらえばいいや。今日は仕方ないから見逃してやろうかな。
目を細め感じる手の温もりに絆されながら、蓮斗はそう決める。輝が向けてくる笑顔や言葉たちが、ゆっくりと心に溶け込み気持ちを柔らかくしてくれた。
「仕方ないからそのパンを一口くれたら見逃してあげる」
輝が食べていた卵サンドを指差して伝える。卵サンドと蓮斗を見比べた輝は、目尻を微かに赤く染めながら口元へと差し出してくれた。その表情の意味はわからないけれど、気にせず勢い良く大口でかぶりつくと、口内を満たすマヨネーズと卵の酸味と甘味の調和を堪能する。
「間接キス、しちゃったね」
囁かれた言葉に、表情の意味を理解する。蓮斗は口元を抑えながら、真っ赤な顔で輝を睨みつけた。騙された気分だった。実際には、よく考えればわかったことだ。そのせいで、責めるに責められない。
似たような会話をシリルとアリステラもしたことがある。まだ幼かった十歳くらいの頃。大好きなクリームブリュレを一緒に食べていたとき、足りないとせがむアリステラにシリルが自分の分をわけてくれたのだ。
「ほら、これをあげる」
「いいの?」
フォークに刺さったクリームブリュレを、アリステラはキラキラした瞳で見つめながら大きく口を開けて頬張った。そんなアリステラのことをシリルはずっと優しい瞳で見つめてくれていた。
「同じ食器で食べてしまったね。行儀が悪いとマナーの先生に怒られてしまうかな」
クスクスと笑みをこぼすシリルに、アリステラは不安げな表情を返す。マナーの教師も努めているマダムトーリーは怖くて苦手だったからだ。
「大丈夫。二人だけの秘密だよ。それに、こんなこと中のいい子なら誰でもしてることだから」
「本当に?」
「本当だよ。これはね間接キスって言うんだって。兄上が言っていたんだ」
「間接キス?ふーん。じゃあ、間接キスしたことは僕とシリルだけの秘密ね!」
小さな小指を差し出して花みたいな笑みを浮かべたアリステラ。その指に、シリルもそっと指を交差させてくれた。
蓮斗は懐かしい思い出に浸り、胸を熱くさせた。思わずホロリと瞳から涙がこぼれ落ちる。アリステラとシリルは本当に仲が良かった。それなのに、アリステラを断罪したのは他でもなくシリル本人。子供の頃の温かい思い出は、探せばいくらでも溢れてくるのに、成長してからは思い出を探すほうが難しい。
ともだちにシェアしよう!