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お疲れ様会②

そうこうしているうちに注文した料理が運ばれてくる。香ばしい匂いに、蓮斗は満足そうに頬を緩めた。けれど、すぐに表情が曇ってしまう。顔を上げた蓮斗の視線の先には、カフェの出入り口があり、その扉から店内へと入ってくる志乃の姿が見えたからだ。楽しい気分も一気に冷めてしまう。 「こんな所で会うなんて思わなかったな」  真っ直ぐに蓮斗たちの座っている席まで歩いてきた志乃が話しかけてきた。まるで、本当に偶然かのように堂々としている。けれど、真っ直ぐにこちらへと近づいてきたところを見るに、つけてきたのかもしれない。蓮斗は志乃に対してはいつもの何倍も警戒をしてしまう。 「テストが終わったから息抜きだよ」  輝が志乃へと微笑みを返す。蓮斗はそれが気に食わない。志乃が現れると、いつも輝を連れて行かれてしまう。まるで、大事なものを毎回攫われているような心地だ。 (どうせ輝の後をつけてきたんでしょ)  内心は大荒れながらも、平気なふりをしながらフレンチトーストを突く。折角輝が美味しいと教えてくれた料理も、楽しく食べられなければ意味がない。 「へえ〜、一緒してもいいかな?」  唐突な志乃の提案に、心の中に台風が吹き荒れ始めた。ただでさえ嫌に心がざわついているのに、一緒にお疲れ様会をするなんてありえない。 (ダメダメダメダメーー!!!ぜーーーーーーったい!ダメー!!)  今すぐにでも否定の言葉を口に出したい。けれど、蓮斗はグッとそれを我慢する。輝と志乃は同じ委員会同士仲がいいし、ここで拒否したら輝が悲しむかもしれない。   我慢など普段はあまりしない蓮斗だけれど、輝と志乃のことになると慎重になってしまう。自身の中のアリステラとしての勘が、気をつけろと語りかけてくるからかもしれない。  否定することも拒否することも容易い。実際にアリステラだった頃は、気に食わないことがあれば遠慮なく伝えていたし、それがまかり通っていたから。けれど、そうして過ごした先には孤独しかないのだと、身を持って経験することになる。  アリステラとは裏腹に、ルキナは愛嬌の良さと善良の仮面を被り味方を増やしていった。陥れられた悔しさや絶望は、忘れることなどできない。 「ごめんね。今日は俺も無理を言って参加させてもらっているんだよ」 「……そうなんだね……。うん、わかったよ。楽しみはまた別の日に取っておくことにするね」  はっきりと輝が断ってくれたことに蓮斗は安堵した。内心では焦りを感じていたため、今回ばかりは輝に感謝する。  断られるとは思っていなかったのか、志乃は少しだけ悔しそうに一瞬眉間にシワを寄せていた。それが痛快でたまらない。 「とお疲れ様会ができて嬉しいな。僕のお願いを聞いてくれてありがとう!」  志乃に聞かせるように、わざとらしく輝と都城にお礼を伝える。そんな蓮斗へと、二人が真逆の視線を返してくれた。輝は満面の笑みを、都城は若干恐ろしいものでも見るような瞳を向けてくる。その温度差をものともせずに、蓮斗は志乃へと勝ち誇った笑みを向けた。 「ふふ、今のうちに楽しんでおいてね香波君。楽しい瞬間は一瞬だから」 「お気遣いありがとうございます吉澤先輩」  お互いに笑みを貼り付けながら、睨み合う。どうしても志乃には負けられない。彼がルキナだという確証はないけれど、蓮斗にとって一番の要注意人物には変わりない。  それに、輝のストーカーではないかと疑うくらいに、蓮斗と過ごしているときに邪魔をしてくることには嫌気が差している。志乃の執着が垣間見えて恐ろしくもあった。 「それじゃあ僕は行くね」  輝にだけ声をかけ、その場を立ち去っていく志乃の背を睨み続ける。話せば話すほどに、彼に対しての警戒心は増していく。それに最後の言葉も引っかかる。まるでこれから蓮斗に良くないことが起きるかのような言い方だった。 「冷めてしまうし食べようか」  輝が話しかけてくれる。そのおかげで暗い思考を振り払うことができた。再びフレンチトーストを口に入れると、志乃と話していたときには感じられなかった甘みが口内を満たしてくれる。そのことが、蓮斗の心に余裕を与えてくれた。無意識な気を貼っていたのだろう。  都城と輝も美味しそうに料理を頬張っている。その様子を眺めながら____今はなにも考えずに楽しもう____と蓮斗は口元に笑みを浮かべた。

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