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第4話

 白い牙をむき出してラビの腕に噛みつき犯した奴とは違う。ウォルフの目線や仕草、話し方から気遣いがある。  草食動物を怖がらせないためについた癖なのかもしれない。  右腕をそろりと撫でるとわずかな温かみがあった。  「とりあえず寝床がいるな」  「床で構わない」  「客人をそんな扱いできるわけないだろ」  少し語気を強めるとウォルフは口元を綻ばせた。  「大切に育てられてきたんだな」  その言葉に頬が熱くなる。親に愛されていると指摘されて恥ずかしい思春期かよ。もう二十四だぞと自分に突っ込む。  「部屋のものは好きに使っていい。俺の部屋で寝てくれ」  赤くなった頬を見られないように下を向いて、家の案内をする。語気が強くなったのは御愛嬌だ。  洗面所やキッチン、トイレの場所を説明していると二歩後ろをついてきたウォルフは興味深そうに見て回った。  「で、最後にここが仕事部屋」  とんと扉を叩いた。  「なかには絶対入るなよ」  「……わかった」  「ま、鍵かけてるから入れないけどね」  理由を訊かれる前にくるりと身を翻した。この小屋はこれが全部だ。一人暮らしなので広くない。  「絵は他にないのか?」  「これしかない」  リビングの壁にかかってある海の絵を見た。右腕が駄目になる直前に仕上げたもので、他の作品は買い手がついていたもの以外処分した。  ターコイズブルーとコメットブルー、ホワイト、バイオレットで夜の海を描いた絵。水平線と地平  線が交じらわず、まっすぐ進んでいく。  プロッツェ王国は内陸なので海に行くとなると相当の時間と金がかかる。だから色んな国を行き来する商人から話を聞いて想像で描いた。  「海を見たことがある?」  「一度だけ。オレが見たのと似ている」  「それは嬉しいな」  風景画を得意としているので「似ている」は最高の褒め言葉だ。でも自分の目で確かめたわけではないのでお世辞なのかもしれない。  色のニュアンスや光の入り方などもっと本物に寄せたかった。潮の匂いやまとわりつく風、海の冷たさを想像すると聞いたことのない波の音が聞こえてくる気がする。  実際に目で見て、触れて、耳で聞いて五感すべてで感じたらもっといい作品になったかもしれない。  まだ絵は描きたかった。絵が売れるようになり、画家として生活が安定し始めたときに襲われて右腕が使えなくなった。それだけが悔しい。  諦めきれきれない夢を願う。  利き手ではない左手では思い通りの線がまったく描けなかった。自分がイメージする通りに腕は動かず、その差に苦しんで描くのを辞めた。  「それより飯にしよう。ハスキーってなにを食うんだ?」  「ハスキー?」  「おまえ、ハスキーだろ?」  そう問うとウォルフはちらりとラビの右腕を見て何度も頷く。  「特に好き嫌いはないから平気だ」  「よかった。じゃあシチューとパンにするか」

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