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第9話

 ジープが指さした籠の野菜や果物は黒く変色していたり、しわしわになっているものが混ざっている。  確かに新鮮ではないが例年より冷える冬なのでこんなものだろうと疑問にも思わなかった。  ウォルフの言葉にジープは笑顔のまま固まり、しばらくしてからこほんとわざとらしく咳払いをする。  「今年は特に冷えるのであまり作物が育たなかったのです」  「でもこれは酷すぎるだろ。肥料にしてもいいレベルだ」  「そんなことありませんよ。ちゃんとした農家から買い付けております」  「その農家の名前は?」  ウォルフに問われてジープは口の端を上げるだけで答えず、代わりに外に待機している従者に声をかけた。  「おい、おまえたち商品を運べ」  従者たちが慌てて木箱を運び入れてくれる様子をウォルフは睨みつけたまま微動だにしない。肌を刺す鋭さを感じ、鼻がひくひくと動くとウォルフは申し訳なさそうに眉尻を下げた。  「悪い。怖がらせた」  「あんな奴だけどジープはそう悪い奴じゃないよ」  「どうだかな」  もしかしてジープが草食動物だから餌として見ているのだろうか。でもそれにしては殺気がありすぎる。あれは餌というより怒りに近い。  「もしかして怒ってる?」  「少しイラついたかもな」  「おまえも怒ったりするんだ」  「人間なんだから当たり前だろ」  ふわりと笑うウォルフはいままでと変わらないのでほっとした。雑食とはいえ、睨む目には凄みがある。  食料は半月分を頼んでいたので木箱は二つだ。一人だと足りるが二人となると半月も保たないだろうと考え始め、はたと気づく。  「街に帰る?」  まるで帰って欲しくなさそうな甘えた声が出てしまい頬が熱くなる。昨晩は夜遅かったので山道が危険だから帰れなかっただけだ。  それにいまならジープもいるから、街まで案内してもらえる。  でもまた一人になるのかと肩を落とす。もう四年も孤独に喘いでいたのでほんのひと時でも誰かと一緒にいると安心する。  伺うようにみつめるとグレーの瞳が大きく見開かれた。  「ここにいたいと願ってもいいだろうか」  「別にいいけど」  「おい、それは困る!」  間に入って来たジープが顔を近づけられる。 「おまえ客が来るんだぞ。忘れたのか?」 「わかってるよ。部屋は防音だし、裏口もあるから大丈夫だろ」 「バレたらどうする。僕たちお縄につくぞ」  確かにその危険はある。でももう痛めつけられるだけで誰とも会話らしい会話ができないのは辛い。客とは会話もなくセックスしたら終わりだし、ジープも半月に一度くらいにしか来ないので一人の時間が多い。  十人の弟妹と過ごしてきたせいか、無音しかない小屋は侘しさを募らせる。  「なにか問題があるか?」  ウォルフの低い声にぺたんと耳を垂れさせたジープは青白い顔で振り返った。  「いえ、大丈夫です。ただ食料や日用品が足りないなと思いまして」  「なら追加で持ってきてくれ。金はオレが払う」  「……かしこまりました」  「ちゃんとした品を持って来いよ」

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