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第14話
数日が経ち、尻の傷が治った。身体の傷はまだ痛むが普通の生活をする分には支障ない。
ラビが仕事部屋に籠っている間もウォルフが食事を用意してくれていた。水気を含んだサンドウィッチや固湯でパスタ、火の通ってない野菜スープなど普段まったく料理をしてこなかったなりに試行錯誤してくれているのが手に取るようにわかる。
そして必ず手紙が添えられていた。今日はどこまで行ったとか花が咲いていたとか些細な出来事を綴ってくれている。そこにウォルフの感想はなく、ラビに伝えたいのかただの記録なのかわからない。けれどその不器用な距離感が心地よい。
今夜はどんなことが書いてあるのだろうと足取り軽く深夜のリビングに行く。
テーブルの上にはほとんど黒焦げのグラタンとパンが置いてあった。
そしてすぐに手紙を読むと『できないと思っていてもやってみると案外平気だったりするんだな』と書いてあった。
たぶん料理をやってみたらそれなりに形になったことを指しているのだろう。
確かに右腕が使えなくなり生活に困ったが、やらなければ飢え死にするので必死で努力した。もし誰かが世話をしてくれていたらやらないまま怠惰な生活をしていたかもしれない。
ろうそくが灯るようにぽっと心が温かくなる一言だ。
焦げているせいで苦いグラタンだったが不思議と美味しく感じる。ウォルフには料理の才能があるのかもしれない。食器を片付けて少し眠ると朝を知らせる鳥が囀り始めた。
リビングに行くとすでにウォルフの姿があり、驚いた顔をしている。
「体調はいいのか」
「もう平気。悪いな、放っておいて」
「居候させてもらっているんだ。なんでもする」
青みがかったグレーの瞳と合うと恥ずかしくて目をそらした。毎日手紙交換をしていたが顔を合わせるのは久しぶりだ。なぜか気恥ずかしい。
「怪我の調子はどうだ?」
「動かしても痛くない」
ウォルフの左手には添え木としていた刷毛は取られ、腫れも引いている。手紙にもそう書いてあったが一度ちゃんと見ておきたかったので安心した。
どうやらラビの見解違いで折れていたわけではなかったらしい。所詮素人が診断したにすぎなかったということだ。
「刷毛に絵の具の匂いがついていた」
「悪いな。一応洗ってあったんだけど」
「不思議とラビと一緒にいるようで落ち着いた」
「……なんだそれ。口説いてるの?」
甘く疼くような言葉は心臓に悪い。茶化すように返すとウォルフは真剣な表情をしていた。
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