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第15話
「そうかもな」
「莫迦なこと言ってないで飯にしよう」
頬が赤くなったのを見られないようにキッチンに向かう。
背中にウォルフの視線を感じる。なんだよ、急にあんなこと言ってと内心毒つきながらも嬉しく思っている自分がいて、首を振った。
(この感情はまずい)
誰かに好意を向けられて喜んではいけないとジープが言っていた。男娼は身体を売るのが仕事で、心までは渡さないものだと。
でもウォルフは客じゃない。ならいいんじゃないか。
いやだめだろ。これから仕事がやりづらくなると考えていると隣にウォルフが立って腕を捲っている。
「野菜は洗えばいいか?」
「そう」
「やはり手際がいいな」
「一人生活が長いからね」
「生まれたときからここに住んでるのか?」
「街の出身だよ。弟妹が十人いるから成人してすぐ家出たけど。おまえは?」
「……オレは寮暮らしだな」
「寮?」
「仕事の関係で」
歯切れ悪くなってきたのであまり訊かれたくない話題のようだ。
ウォルフは謎の男だ。
怪我をして倒れていたし、身なりは上等な服を着ている。それなりに地位があるのだろう。
でもなぜか帰ろうとせず、迎えが来る様子もない。
地位があるなら血眼になってウォルフを探しに来そうなものだが、いまのところジープか客しかここには来ていない。
「昨日近くを散歩していたらいい場所を見つけたんだ。あとで行ってみないか?」
「いい場所?」
「景色がすごくきれいだった。ラビも気に入ると思う」
「行く!」
前のめりで答えるとウォルフは口元を綻ばせた。
「じゃあせっかくだから向こうで食べよう。サンドウィッチにしようか」
「それもいいな」
「……おまえが作ってくれたやつ美味かったよ」
「料理なんてしたことなかったから不味かっただろ。お世辞はいい」
「本当に美味かったよ」
ウォルフのやさしさを詰め込んだサンドウィッチは心が解れていくような温かさがある。
そう答えるとウォルフは頭の後ろを搔いて照れ隠しをしているように見え、ラビまで釣られてしまい二人して下を向いた。
サンドウィッチを籠に詰めて、スープと飲み物を用意してウォルフが見つけたという場所に向かう。なぜかウォルフは見たことのない大きなバックを肩から下げているのが気になったが、訊かないでおいた。
基本的にラビは外を出ない。寒かったり暑かったりと気温の変化も苦手で、出かけるとしても小銭稼ぎの薬草を探しに行くくらいだが、それも小屋の周りだけ。
知らない道をウォルフが先導するのは街方向の南側だ。
「ここ滑るから気をつけろよ」
足元を見るとぬかるみがあった。
ウォルフが手を差し伸べてくれたのでそこに自分の左手を重ねた。大きくて硬い手のひらに包まれる自分の手があまりにも頼りない。
「ありがとう」
「ほら街がよく見える」
指さした先を見ると城が見えた。その横は大きな鐘のある教会。そして城下町が続き、人の賑わいが遠くでも見える。
高台から見る生まれ育った街。太陽の温かさや雲一つない突き抜ける青空、颯々たる風の音が木々を鳴らしていて気持ちいい。
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