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第17話
「もういいのか?」
「夢中になりすぎて時間を忘れてた。悪い」
「構わない。よく絵を見せてくれ」
「あまり上手く描けてないけど」
線画だけでは味気なく所々線は歪んでいるし、全体的にバランスが悪い。
売り物にはならないが、久しぶりに時間を忘れて没頭できたという事実が心を温かくさせてくれる。
「いい絵だ。よく捉えている」
「右手が使えなくなってから久しぶりに描いたよ」
思ったようには描けていないし、四年も描いてなかったから腕は落ちている。でもまた絵が描けた。その事実が嬉しい。
「油絵もやってみたらどうだ?」
魅惑的な言葉に意志がゆらゆら揺れる。痛みを求めてセックスするよりは満たされた時間を過ごせるだろう。想像しただけで期待にふっと背筋が伸びる。
でも痛みだけを求めるように身体を開いていないとレイプされたときの出来事が膿のように全身を蝕み、清い心を黒く染めてしまう。
絵を描くのは神聖な儀式だ。心を凪のように落ち着かせ、植物と一体化して筆を走らせる。
だからこんな穢れた身体でこれ以上絵を描くことは許されない。
そうとわかっていながら描いてしまった。自分の欲求に素直に耳を傾けてしまったという後悔が足元から這い上がってくる。
「絵はもういい」
「だがこんなに素晴らしいものを描けている」
「いいったら、いいんだ!もう描くのは辞めたんだ」
「どうしてそんなに頑ななんだ」
「おまえには関係ないだろ」
傷ついたように顔を歪ませるウォルフに腹がたつ。
(なんでおまえがそんな顔するんだよ)
傷ついているのは自分だ。レイプされ、腕を切りつけられ将来有望だと言われていた画家の道を諦めざるおえなくなった。
日が完全に沈み、月が昇ってきた。街の明かりが星空のように遠く感じた。
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