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第28話

 普段とは違う扱いにまた困惑し、そして絶望する。  ラビはカップをサイドテーブルに置いた。  「なんで抱かなかったの?」  「ラビの嫌がることはしたくない」  「嫌だなんて」  思ってないと出かかった口を押えた。  「俺を痛めつけないんだな」  「痛いほうが好みだったか?」  「……嫌いだ」  「ならするわけないだろ」  「でもおまえはラットを起こしてたし」  「ラットだからって誰かを傷つけていい理由にならない」  軽蔑を含んだ声音はウォルフが誠実な男だからだろう。いままで虐げられてきた男たちに向けた言葉に満たされてしまった器が溢れてしまいそうになる。  ぐっと奥歯を噛んだ。  「なんでやさしく抱いたんだよ。もっと酷くしてくれないと」  「好きだから」  まっすぐな瞳が心臓を貫いて胸が痛くなる。  「おまえとは出会ったばかりだろ」  「南地区の三丁目の噴水広場によくいたよな?」  「なんでそれを」  まだ画家として街にいたときよく噴水広場で絵を描いていた。  「ラビはいつも楽しそうに絵を描いていた。そんな姿に一目惚れしたんだ」  「……変なやつ」  「そうかもな。もうほとんどストーカーだったかもしれないな」  ぞっとするような発言だったが、ウォルフの人柄を知っているだけに怖さはない。それよりなんでそのときのウォルフを見ていなかったのだと後悔が先立つ。  ウォルフはどんな表情をしていたのだろうか。  「じゃあ好きな男とセックスできてよかったな」  「夢のような幸せな時間だったよ」  「ならよかった。俺も変な奴に犯されなくてよかった。これでお互いなかったことにしようぜ」  ウォルフは太い眉を跳ねさせた。  「責任を取ると言った」  「責任って……」  「でもまだそのときじゃない」  「どういう意味?」  問いかけには答えてもらえず話題を変えられた。  「雄なのにヒートがあるのか?」  訊かれると思っていた。迷惑をかけてしまったから話さないわけにはいかない。  ラビは自分の腹を撫でた。  「そう。ついでに子宮もある」  「特異体質か」  雄なのにヒートと子宮がある個体を特異体質という。雌より締まりがよく市場価値が高いのだとジープがよく言っていた。  「街にいたときヒートが急にきて虎に襲われた。そのとき右手を怪我して使えなくなってずっとここに住んでいる」  「それは辛かったな」  ラビの心情を慮っての言葉はすっと胸の傷を包んでくれる。辛かった。とても辛かった。  でも誰にも泣き言を言えなかった。  両親は小さい弟や妹にかかりきりだし、絵ばかり描いていたから友人もいなかった。  涙がぼろぽろと溢れてくる。傷口から出てきた血のようにとめどなく出てきて、頬を伝う。  ウォルフは空いた手で涙をすくい取ってくれた。一粒ずつ丁寧に。まるでしゃぼん玉を割らないような慎重な手つきだ。  「明日にはここを出て行く」  その言葉に時間が止まった。

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