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第32話
「……母さん?」
「やっぱりラビなのね! あぁ信じられない!」
母親は目に涙を溜めてその場に崩れ落ちてわんわんと泣いた。子どものように泣きじゃくる姿はまるで自分と再会できたのが奇跡だと思っているような節がある。
泣き止まない母親の背中を擦っていると今日までのことを教えてくれた。
「ラビが四年前に事故で亡くなったと聞いたのよ」
「なんだそれ。俺はこの通りピンピンしてる」
「私たちも最初は信じられなかったんだけど、その人が絶対そうだからって何度も」
「その人?」
嫌な予感がする。どきどきと心臓が早鐘を打ち始めて母親の言葉を待った。
「確かジープさんと言ってたわ。羊の」
「ジープ……」
やはりと納得した。いままで信じていた世界が角度を変えただけで思ってもみない景色に変化するようにすべての事柄が覆る。
ジープに騙されていたのだ。多分、最初から。
近くで自分を呼ぶ声が聞こえる。もう街に入ってきているらしく、このままでは追いつかれる。
母親にも聞こえたようで長い耳をぴんと縦に伸ばす。
「こっち」
右手を取った母親は骨のように細い腕に声もない悲鳴をあげた。街灯の乏しい光に晒された腕はまるで枯れ枝のように生気がない。
「この腕どうしたの?」
「色々あって」
母親にレイプされた話をしていないので、怪我の理由は話しずらい。
「よく見せて」
言い淀むラビを無視して薬師としての血が騒ぐのかシャツを捲くられ腕をじっと観察した母は安堵の息を吐いた。
「よかった。神経は無事なようね。でもどうしてこんなに細いのかしら」
「神経が……無事?」
ジープの言葉が蘇る。これは神経までずたずただからもう二度と動かせないと言っていた。
まさか腕のことも騙していたのか。
怪我を負わせ、絵が描けなくなったなら男娼をやるしかないと勧められた。まるで最初から自分に男娼をさせようとしていたのではないか。
背中に毛虫が這っているような気持ち悪さを感じ、耐えきれずそこで吐いてしまった。
(じゃあいままで俺がしていたことはなんだったんだ)
すべてがジープの手のひらの上に転がされていた。特異体質をどこかで聞きつけ、金儲けの道具として囲っていたのだろう。
怒りが湧いたがすぐに凪のように穏やかな悲しみに変わる。
ずっと信用していた。友人だと思っていた。困っているときに助けてくれた。
その全部がジープに仕組まれたのだと知り、騙されたという事実に殴られてただただ悲しい。
「すぐ近くだわ」
母親が耳を立てて音を拾う。複数の足音がこちらに近づいているのがわかる。匂いを辿ってきたのだろう。
「上着を脱いで」
「どうするの?」
ラビのカーディガンを羽織った母親はにやりと笑う。
「相手が匂いを辿ってるなら分かれた方がいいでしょ」
「母さんをそんな危ない目にあわせられない!」
「なにを言ってるのよ、この子は」
母親は小さい子に言い聞かせるようなやさしい声音で頬を撫でてくれた。
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