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第33話

 「困っている人がいたら助けなさいと教えたでしょ」  カーディガンを頭から被り、母は颯爽と北地区の方へかけて行った。あちらには城があり、近くに騎士団の待機場所がある。そこに飛び込めば助けて貰えるかもしれないと考えたのだろう。  母親の背中を見送ったあと反対側の南地区へと向かった。こちらには騎士団の寮がある。  夜も遅いので誰か帰っているかもしれない。  耳で音を辿りながら足は飛ぶように速く。  肉食動物から逃げるために培ってきた草食動物としての本来の役目が役にたっていることが皮肉に思う。  生き抜いてやるという気持ちが強いからこそ肉食動物に襲われても逃げおおせられて絶滅せずに人間として進化できたのだ。  しばらく走っていると噴水広場が見えてきた。汗が滝のように流れ、ぐっしょりとシャツを濡らして いる。  さすがに長時間走るのはしんどい。どこかで一休みしたい気持ちが勝り、脇道に置き捨てられた木箱の横に身を置く。  人の姿はない。母親と二手に分かれたのが功を成したのか声は分散して遠くへいき、噴水の水音だけが響く。  そういえばここでウォルフは自分を見かけたと言っていた。近くに住んでいるのだろうか。  自分の命が危険に晒されているというのにウォルフのことを考えると傷つけられた心が和らいでいく。  会いたい。でも会ってなんて言おうか。  言葉が見つかるようで見つからない。まるで砂山のなかに手を突っ込んでトンネルを掘るような不安感がある。  このまま進んで大丈夫だろうか、砂山は崩れたりしないか、と悩んで立ち止まりそうになるが、ウォルフの顔を思い出すと一歩前に進める気がする。  「どちらにしろこの状況を抜けたらだな」  宿舎まであと少しだ。  かんと小石が木箱に当たる音で顔をあげる。  満月を背にしたシルエットで表情がわからないが、背の高さやふわふわの毛、なにより匂いで誰だかわかった。  「ジープ」  「見つけた」  咄嗟に逃げようと立ち上がるがジープの手下に道を塞がれ、もう一方にはジープが立っている。  完全に退路を絶たれた。  「どうして僕の言うことを聞かないの? いままでいい思いをしてきただろ」  「なにがいい思いだ。腕が使えないと嘘を吐いてただろ」  「なんだバレちゃったのか」  ジープは悪びれる様子もなく笑った。貼りつけられたような笑顔が不気味に映る。  「君が自分の価値をわかっていないから僕は教えてあげてたんだよ」  「なにを莫迦なこと言ってんだ」  「特異体質は市場価値が高いのに君が下手くそな絵ばかり描いてるから」  ぶわっと逆毛がたつ。自分が描いてきた作品を貶されるのは無性に腹が立ち、足をだんだんと踏んだ。  「ヒートを無理やりおこさせて、僕が雇った肉食動物に襲わせて腕を怪我させたのは誤算だったけど、もう使えないと言ったら君は信じ切ってさ。それからは全部僕の思う通りに動いてくれて助かったよ」  「……この下衆が」  「なんとでも呼ぶといいよ。さ、小屋に戻ろう」  手下の一人に右腕を掴まれた。動かないと言われて自分もそうだと思い込んでしまった哀れな存在。

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