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第34話

 でもそれが違った。小屋に閉じこもっていて外に出ることができる。  右手に力を込める。ぴくりと指先が応えてくれ、相手が油断している隙をついて右手を引っこ抜いて身体を捻る。  「あっ、こら!」  再び逃げようと足を踏み出すと先を読んでいたジープに足払をされて、その場に倒れた。    「これからはヒートのときでも働いてもらうからな」  「いやだ……もう誰ともしない」  「あの犬っころに惚れたか?」  「そうだ。だからもうおまえとも手を切る」  「この状況でよく強気でいられるな」  周りは囲われて逃げられない。はたから見れば絶望的な状況なのに心の芯が強くなったお陰で恐怖はなく、むしろどうやって打破してやろうかと気持ちがたかぶる。  「なに笑ってやるんだよ!」  ジープに顔を蹴とばされ、口が切れて血の味がした。  「大事な商品だから気を使ってきたけど、おまえには仕置きが必要だな!」  がんとまた蹴られ、頭がくらくらとする。  「おまえたちもやれ」  手下たちに命令すると一瞬怯んだ様子だっ たが、ジープが睨みを効かせるとはっと我に返ったように回りに集まる。  「さっさとやれ! おまえたちの家族がどうなってもいいのか!」  その言葉に手下の一人が拳をあげる。きたる衝撃に耐えられるよう瞼を閉じた。  「うわあああぁ!」  叫び声に薄っすらと瞼を開けると拳をあげていた男が後ろにひっくり返っている。そのあともバタバタとドミノ倒しのように倒れていき、中央にジープだけがぽつんと残っていた。  「すまない。遅くなった」  声の主はサーコートの裾をひるがえして自分を守るように隣に立ってくれる。信じられないものを見せられているような気がして、もしかして夢のなか にいるのだろうかと思い始めたとき見慣れた笑みを浮かべた。  「ウォルフ……どうしてここに?」  「説明はあとだ。連れて行け」  ウォルフは後ろに声をかけると同じようなサーコートを着た数人がジープと手下の両手を縛り、引きずるように連れて行ってしまう。  あまりに鮮やかな流れに瞬きが追いつかない。  「団長、これで全員です」  「わかった。あとは任せる」  団長と呼ばれたウォルフは困ったように三角耳を垂れさせた。  「おまえの母親が通報してくれたんだが、やはり遅かったな」  蹴られた頬は腫れて酷い有様なのだろう。鎮痛な表情のウォルフから伺える。  ウォルフに起こしてもらうと同時に抱き締められた。強く、でも壊さないように労る力加減にこのやさしさのなかに帰ってこれたのだと喉の奥がきゅうと鳴いた。  傷ついた頬を舐められるとぴりっとした痛みがある。でも嫌じゃない。自分から頭を擦りつけるとウォルフは何度も舐めてくれた。  「傷口は舐めると雑菌が入るから消毒した方がいいわ」  「……母さん」  ウォルフの後ろで仁王立ちしている母親のごもっともな言葉はムードもなにもないが、恥ずかしい場面を見られて睨みつける。  「よかった、ギリギリ間に合ったってところね」  「やっぱり母さんは足が速いね」  「昔は街で一番だったんだから当たり前よ。それより団長様」  母親がウォルフに真剣な表情を向けた。  「この度は息子を助けていただき、ありがとうございました」  「こちらでも追っていた事件だったのでむしろ感謝したいくらいです」  「息子ともこうして再会できて……あなた様の言葉を信じてよかった」  自分が死んだことをどうしても信じられなかった母親が騎士団に相談して行方を探してくれていたらしい。そのときにジープの悪行を掴んだとのことだった。

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