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第3話 1章 風を求めて

 春久を入れて五人で談笑していると、結惟と高久も相次いで帰宅した。 「うわーっなお君お帰り! 変わったような、変わってないような不思議な感じ」  結惟にはそう言われたが、尚久から見て結惟は随分と変わった。末っ子の甘ったれだったのが、随分と落ち着いた女性になっている。思えば、結惟と離れていた期間は、女の子が女性になる時だったのだ。もしかしたら恋人もいるかもしれない。 まあ、追々分かるだろう。 「父さん、無事帰国しました。留学中は何かと配慮をありがとうございました。おかげで医学に打ち込むことができました」 「ああ、頑張ったようだな。お前が学んだ医学を早速活かしてもらいたいな。期待しているぞ」 「ああ、そうだ。うちの病院には待望の脳外科医だからな」 「うん、僕も期待しているよ」  高久に続いて雪哉が言うと、蒼も同意した。尚久はそれが嬉しかった。両親の期待に応えたいのは勿論だが、蒼の期待にも応えたい。  そうすれば、蒼への思いを断ち切れるのか? それは分からないが、前へは進むことが出来る。進んで行けば、いつか己の道も分かり、心を埋めることも出来る。そう思うのだった。  その後皆で夕食になった。四年半ぶりの我が家での食事。四年半前にはいなかった春久が加わり、賑やかさが増している。 「今日はごちそうよりも普段の手料理にしたぞ」 「かえってなによりだよ! 母さんの手料理が一番だよ」 「ふふっ、ほとんどが、蒼と結惟が作ったんだ。今は二人が引き継いでくれてるんだよ」 「そうなんだ! 母さんが作ったと思ったよ」  そうか、おふくろの味を、娘の結惟と蒼が継いでいるのか。つまりそれは、蒼が完全に北畠家の人になっている証左。尚久の胸に、何かしみじみとしたものが過る。 「はる君、ほうれん草も食べないとだめだよ」 「うーん……」  春久はほうれん草が苦手なのだ。頑張って二口は食べたがそれ以上は進むない。すると、高久が助け舟をだす。 「頑張って二口食べたから偉いぞ! 人参は残さず食べたしな。同じ緑黄色野菜だからいいだろう」  これには驚いた。ほんとに父さんだよな、と尚久は思う。これだけではない。とにかく甘い、高久は春久に甘いのだ。  自分の子供の頃と全然違う。末っ子で女の子だった結惟には結構甘かったが、それ以上だ。少々、呆れる思いだが、皆の反応は苦笑交じり。つまり、いつものことなのだろう。  大体が同じ緑黄色野菜だからって、人参食べれば他は食べなくてもいいって、医者が言うことか……栄養学的にはいいのかは分からんが……。 「もうーっ、あなたは甘いんだから。じゃあ、はる君後一口だけ食べよう。そしたらデザートをあげるよ」  苦笑しつつも、雪哉が締めると、蒼もほっとする。高久に言われては、蒼からは言いにくいし、雪哉もそれは分かっての、これは蒼への助け舟。  その光景を見ていて尚久は、さすが母さん、北畠家の家長は父さんだが、大黒柱は母さんだなと思う。  春久が目をつぶって、ほうれん草を一口食べると、すかさず皆が「おーっ! えらいなーっ」と褒めて、デザートになった。皆、満面の笑顔だ。  今の北畠家の食卓は、春久が中心にいる。いや、食卓だけでなく、常もそうなんだろうと思う。尚久は、甥をみながらつくづくそう思うのだった。

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