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第11話 2章 尚久と尚希

 その日の夜、十時過ぎて尚希の母は帰宅した。いつも帰宅はそんな時間、もっと遅い時もある。 「お帰り」 「ただいま、病院へは行ったの?」 「うん、手術したほうがいいって」 「新しい先生が入ったの?」 「院長先生の息子さんだって。蒼先生の旦那さんの弟」 「だったら腕は確かだよね。それだったらしたほうがいいわね」 「うん、手術したら今の症状が凄く良くなるって。それでね、僕未成年だから母さんの承諾がいるんだって。だから先生が、いつでもいいから病院へ一度来てほしいって」 「そうね……なんとかなるかな……じゃあ、行くようにするわ」  何時でもいいなら何とか都合を付けられそうだと思い、母は承諾した。  尚希の母も、日頃仕事にかまけて、尚希のことは半ばほったらかしにしているが、決して母としての愛情が無いわけではない。尚希の病状も心配はしている。手術して完治するなら、それが一番だとも思うのだった。  ただ、夫を亡くして以来、長年仕事を最優先にしてきた。今更、母親を優先させることに戸惑いもあるし、仕事の状況がそれを許さないのだった。  翌日の午後、尚希の母は、何とか仕事の都合をつけて来院した。蒼は、すぐに尚久にも連絡を取り、二人で面談する。  挨拶の後、蒼が手術の話を切り出すと、母親の方から、お願いしたいと申し出る。尚希から手術を受けたいと聞いたので、承諾書にサインするつもりで来たとのこと。  それだったら、仕事の途中で時間を取らせてもいけない。蒼は、承諾書を差し出した。母親は、さっと目を通した後、サインする。 「今日はお忙しいところご足労おかけしありがとうございました。なるだけ手術は早い方がいいので、私も安心しました。それでは、手術の日程が決まりましたら、改めてお知らせします」 「こちらこそ、よろしくお願いいたします。それでなんですが、手術は立ち会わないといけませんか?」  今日は何とか時間が出来た。しかし、手術になると短時間ではすまないだろう。時間をとれるだろうかと思うのだ。 「必ずしも必要ではありませんが、立ち会っていただいた方が、尚希君は心強いかと」 「そうですか……」  立ち会うのか、立ち会わないのか、歯切れの悪い返事をした後、尚希の母は、慌ただしく帰っていった。蒼から見ても本当に忙しいのだろうと思えた。  蒼も手術を経験している。父は来てくれなかった。それが心細かったのを、今でも覚えている。通常の受診以上に手術は不安なものだ。故に、尚希には母親がついていて欲しいと思う。しかし、余り望みはかけない方がいいかなと、母親を見送ったあと思うのだった。その時は、自分がついていてやろう、雪哉がそうしてくれたように。

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