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第28話 4章 北畠家

 夕方になって、結惟が帰宅する。結惟とは二度目なので、問題なく応対できる。相変わらずきれいな人だ。結婚は、まだなのかなあ? これだけ美人で、アルファときたら、それこそ相手はわんさか……いや、かえって大変かもしれない。尚希は、結惟を見ながら、そんなことを思うのだった。  夕食になった。メインはハンバーグだった。彰久が子供のように喜んでいる。この間聞いた通り、本当に思入れがあって、大好きなんだと分かる。  彰久は、ラフな洋服を着ているが、エリート外科医だなあと思える風貌をしている。見るからに、ハイスペックアルファなのだ。その彰久が子供のように喜んでいる姿は意外だった。  しかし、驚くのはそれだけではなかった。全くの序の口だったのだ。尚希には驚きの連続だった。  尚久が言った、彰久は蒼しか眼中にないと言うの、その通りだろうと思う。とにかく体ごと蒼を向いている。間に春久がいるのだが、その春久も一緒に抱え込むような体勢なのだ。  ああ、この人はほんとうに蒼を愛しているんだなと思う。先日聞いた、三歳の時から、一筋に思い続けてきたというのは、誇張でも何でもないと思う。  運命の相手とは、こんなふうなんだと、尚希は感心するような気持ちで思う。  アルファとオメガの運命の番。伝説だとか、都市伝説と言われ、現実には存在しないとも言われる。けれど、ひょっとしたらこの二人はそうなのかもと、尚希は思うのだった。  蒼に彰久、そして春久の三人は、そこだけ一塊の世界、そんな気がした。幸せそうで、実際幸せなんだろう。尚希は羨ましいと思った。自分にはないもの。羨ましくて、微笑ましい、そう思った。 「ママのちゅくったハンバーグおいちいよ」 「美味しいなあ、パパも大好きだ」 「パパは、ママもだいしゅきだよね」 「そうだよ、パパはママが大好きだよ」  うん? なんだか話がそれてるような……。 「また彰久の蒼大好きが始まったぞ」 「いつも言ってますが、事実ですから」  雪哉の言葉に、彰久がきっぱりと言うと、皆が笑った。決して馬鹿にした笑いじゃない、和やかな笑いだった。皆が、彰久の蒼への深い思いを知っている。それに応えるだけの蒼の、彰久への思いも深いことを知っている。  ここにいる人たちは皆優しい。エリート揃いの優秀なだけではない、温かい人たちなんだと尚希は思う。そして、同時に自分は場違いのような思いにも囚われる。 「なっくんまたきてね」  春久の可愛い誘いに、尚希は頷いた。自分が来てもいいのだろうかとの思いはあるが、春久に誘われたらいいのだろう。自分は春久の友達なんだから。  事実、高久からは「はる君がこんなに喜ぶなんてな、いつも大人に囲まれているからな。また遊びに来てくれ」と言われた。  少し苦笑しながら、尚希は送ってくれるという尚久の車に乗り込んだ。 「どうだ、楽しかったか?」  尚久の問いに素直に頷いた。楽しかった、また来たい、それが本音。 「まあ、色々びっくりはしただろうがな。父さんも、兄さんもが僕言った通りだろう」  それにも頷いた。偉いお医者さんに対するイメージが少し変わったかも。 「彰久先生って、いつもああなんですか?」 「そうだよ、まだ今日は君がいたから少しましだったかも」  えーっ、あれで少しまし……益々驚く。 「あれを受け止めているんだから、あお君も偉いよなって思うよ」 「凄いですね、あ、あの蒼先生と彰久先生って、もしかして運命の番なのかな?」 「そうだよ」  尚希の疑問に、尚久はあっさりと答える。北畠家の人間にとっては、それは確定事項だからだ。病院でも周知の事実だった。 「そうなんだ、運命の番っているんだ」  ベータの尚希にとっては、別世界の話であった。おとぎ話を聞いているような心持である。 「ああ、伝説なんて言われたりもするけど、存在するんだよ。見ていて確かに、あの二人はそうなんだと思うよ」  尚希は、感動に似た思いでその言葉を聞いたので、その時の尚久の、悲し気な顔には気づかなかった。

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