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第29話 5章 爽やかな風
時は過ぎ尚希は、高校を卒業した。
相変わらず北畠家には頻繁に出入りし、なにやら兄弟の末っ子か、はたまた春久の兄のような扱いだった。
高校卒業後、大学入学までの短い春休み尚希は何となくのんびりと過ごしている。そこへ尚久からの電話着信、尚希は急いで取る。
「あっ、はっ、はい」
『ああ、私だよ。今度食事に行かないか?』
「えっ!」
尚希は絶句する。食事に行く? 意味が分からない。
『大学入学祝いに食事をご馳走するって言ってるんだよ。行かないか?』
「はっ、はい……」
えっと、先生が食事に連れてってくれるってこと? まだよく理解できない。
しどろもどろな尚希に尚久は苦笑する。もう大学生なのに、未だに鈍い。でも、その鈍さに随分救われたかもしれない――。
尚希と出会って二年半。尚希の北畠家への訪れは、尚久にとってどこか心の休まるものがあった。心に爽やかな風がふくような――。
蒼への思いで、胸を痛めることも少なくなっていた。兄の配偶者だから義理の兄だが、本当の兄のような人。そういう目で見られるようになった。それは、尚希の存在が大きかったかもしれない。
『嫌なのか? 行かないのか?』
「えっと……いっ、行きます」
尚希は漸く返事が出来る。それでもなんで尚久が、そんなことを言いだしたか分からない。
先日北畠家で、高校卒業祝いをしてもらった。皆から口々に祝いを言われて、とても嬉しかった。お祝いの料理も、蒼や結惟の心づくしの手料理がとても美味しかった。改めて北畠家の人達の温かさに触れた思いだった。更に、来月には大学入学祝いもしてくれるとまで言われ、さすがにそれは過分過ぎると思っていたところだ。
あっ! そうか……尚希は突然閃いた。大学入学祝いは、外での食事なのかな? それの誘いだったかも。尚希はそう理解した。
当日尚希は幾分緊張気味に待ち合わせ場所へ向かった。北畠家へ行くのは、もう全く緊張しない。この二年半、何度も訪れているので、慣れたのだ。しかし、今日は外での食事。
母に話すと、驚いたような顔で、外食ならちゃんとした服を着て行けと言われた。ちゃんとした服って、どんな……入学式用に買ったスーツ? さすがに改まり過ぎ? 迷った末、スーツ以外では一番きちんと感があると思う上下を選んだ。
「ようっ、なんか今日は雰囲気が違うな」
尚久が爽やかな笑顔で言う。
「あっ、おかしいですか?」
「いや、似合ってるよ」
その言葉に尚希はほっとする。少し、体の緊張が緩まる。
「あの、他の皆さんは現地集合ですか?」
「はっ? 今日は二人だけだよ」
えっ! なんで……。狼狽える尚希に、尚久は苦笑する。一体なんと思って来たのか、まあ、そこが尚希らしい。しかし、これで大学生、大丈夫か? との思いもある。
「言っただろ。大学入学祝いに食事をご馳走するって」
言われた。確かに言われたけど二人だけだとは思わなかった。尚希はよく分からないまま、尚久の後を付いて行く。再び緊張が蘇ってきて、その歩きはぎこちない。
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