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第30話 5章 爽やかな風

 連れて行かれたのは、カジュアルなイタリアンレストランだった。少し大人の気分が味わえるけど、尚希が緊張しないようにとの思いで選んだ店だ。 「お前も大学生だからな、たまにはこんな所での食事もいいだろう」  ニコッとしながら言う尚久に、尚希はきょろきょろしながら頷く。こんなお店での食事は初めてだ。レストランどころか、外食の経験がほとんどない。それは、尚久も知っている。多分そうだろうと。  それ故に、少しずつ経験させてやりたい。その為の最初の機会。今日がそれだった。 「お任せのコースでいいか。苦手なものはなかったな」 「はい」  以前はピーマンが苦手で食べなかったが、今は食べるようになった。特に蒼の作るピーマンの肉詰めは結構好きなくらいだ。 「どうした? そんなに緊張することないぞ」  料理の注文を終わった尚久が、苦笑交じりに言う。 「でも、僕こんな所初めてだから」 「だから連れて来たんだよ。たまにはこんな所での食事もいいもんだろ。まあ、最初はあれだけど、これから少しずつ慣れていくよ」  少しずつ慣れていく……えっ、じゃあまた連れて来てくれるの? と思っていると最初の前菜が運ばれてきた。料理の説明を尚希は神妙に聞く。 「美味そうだな、さあ、食べよう」 「はい、いただきます」  尚希は手を合わせて挨拶してから、食べ始める。いつも通り、礼儀正しい。そういうところがいいんだよなあと、尚久は思う。  料理が美味しいせいか、尚希の緊張も少しずつ解けていく。それは、尚久にも分かり、微笑ましい思いになる。 「美味いか?」 「はい」  笑顔で応える。尚希にとってどれもこれも珍しくて美味しい。 「このパンも美味しい」 「ああ、ここで焼いてるそうだ、美味いな。おっ、料理も残さず食べて偉いな」  やっぱり子供扱いだ、はる君と同じ扱い。だけど、先生から見たら仕方ないか。と思うが、なんとなく面白くない気分になる。レストランでの食事でちょっぴり大人の気分になっていたのに……。 「どうした? なんか拗ねてるのか?」 「拗ねてなんかいない。ただ……」 「ただ、なんだ?」 「子供扱いだと思って」 「そんなことないだろう。大学生になって、少しは大人の仲間入りだと思って連れて来たんだろ」 「そっ、そうなの?」 「そうだよ」 「で、でも先生から見たら、僕、子供だよね」 「私が、おっさんなんだろう」 「先生は、おっさんじゃないし」 「じゃあ、なんだ?」 「……? 大人の男性?」 「そうか、大人の男性か」  尚久は、くくくっと笑う。そうか、おっさんじゃないのか、大人の男性ねえ、ひと回り違うからな。そういえば、兄たちもその年の差だったと思い至る。 「どうしたの? なんか考えこんでるの?」 「いや、兄さんとあお君もひと回り違うと思ってね」 「先生とは十四、十五歳?」 「十五歳だよ」 「今は、大人同士だけど、前は違った?」 「そりゃあ全然違うよ。なんせ、教育係みたいな存在だから、凄く大人の人だったよ」 「子供扱いされてた感じ?」 「というか、優しかったよ。私たちが甘えてたんだと思う」 「あー、分かる。蒼先生優しいもんね。蒼先生怒ったりすることあるのかな?」 「ないなあ、少なくとも私は一度もない。多分兄さんや結惟もだと思うし、はるもないと思う」 「やっぱりーっ、怒るのは雪哉先生の担当?」 「ふっ、確かにそうだけど、お前がそう言ってたと、言っとくよ」 「えーっそれは勘弁してよ」  慌てる尚希に尚久は、声をたてて笑う。すると、そこへデザートが運ばれてきた。

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