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第46話 7章 初めての恋心

 尚久には、尚希の混乱が手に取るようにして分かる。そうだ、デートなんかこれっぽっちも思ってなかっただろうと思う。それが、尚希だ。  これはいい機会だ。自分のことを認識させよう。 「一回きりならまだしも、こうして時々二人で会ってるんだから、デートだし付き合ってると、私は思ってる。つまり、私はお前の、尚希の彼氏だろ。違うのか」  先生が、僕の彼氏!? 益々尚希は混乱する。 「告白してないから、混乱してるのか? 分かってると思ってたから、口には出してないけど、はっきり言わないといけなかったな」  尚久は、尚希に体を向けて、その両の手で、尚希の顔を包む。 「好きだよ」  静かだが、はっきりとした告白。  尚希を見つめる尚久の顔は、微笑みを浮かべてとても優しい。  尚希は、体が蕩けそうになり、胸も熱くなる。ドキドキして言葉が出ない。 「尚希はどうなんだ? 私のことを好きか?」  尚希は頷いた。頷くのが精一杯なのだ。僕も先生が好き。心の中で呟く。 「じゃあ、両想いってことでいいな。私たちは恋人だよ」 「こっ、恋人!?」 「両想いなんだからそうだろう」  尚久は尚希の顔を、くいっと上げると、その唇に口付ける。恋人なんだからと言うように。  びっくりした尚希は、硬直して声も出ない。口をふさがれているので当然でもあるが――。  初めての口付けだが、尚久は舌を侵入させる。ビクッと反応する尚希に構わず、その口腔内を侵していく。  硬直していた尚希の体が解れていくのが分かるが、尚希が苦しそうにしたので、唇を離す。 「ぷっはーっ――」 「ふっ、お前は――鼻で息をしろ」   そうなの? という表情で尚久を見上げる尚希。 「口を閉じて鼻で息をしてみろ」  素直に、すーっはーっと従う尚希。 「そうだ、そうしたら苦しくない」 「ぼ、僕初めてだから……どっ、どうしたらいいのか分かんないから」 「ああ、心配しなくて大丈夫だ。私が教えてやるから」  キスの時、鼻で息をすることも知らない尚希。だからいいのだろうと、尚久は思うのだ。初心で誰の手垢も付いていない。純白の花のようだ。それが、どんな風に色付くのか、想像するとワクワクする。  再び口付けようとした尚久に、尚希は慌てて聞く。 「あっ、あの……目はどうするの?」 「目は閉じてた方がいいな。私と目が合うとお前が気まずいだろ」  うん……えっ! それって先生は目を開けてるの? で、でも僕は閉じておこう。た、確かに目が合うと、気まずいって言うか、恥ずかしい。 「あっ、あの……」  なんだ、まだあるのか? と、尚久は視線で問う。 「手、手はどうするの?」 「手は、そうだな。私の背にやって、抱きつく感じがいいな」  そ、それって、ハードル高いと、もじつく尚希。尚久は微苦笑を浮かべて、再び尚希の唇を奪う。  尚希は慌てた。慌てながらも、一生懸命に鼻で息することを意識する。そして、自然と手は尚久の背にやり、抱きつく形になる。  尚久は慌てる尚希に構わず、その舌で尚希の口腔内を愛撫し、尚希の舌を絡め取る。尚希はされるがままだ。こんな大人のキスは勿論、口付けも初めてなのだから当然だ。  尚希は、経験したことのない気持ち良さに、足の力が抜ける。車のシートに座っているからいいものの、立っていたら、へたり込むところだ。  尚希を味わい尽くした尚久は、溢れる唾液を啜ってやる。尚希はとろんとした目で尚久を見つめる。その瞳は赤みを帯び、濡れた唇は扇情的だ。  尚久は己の中心に熱が集まるのを感じる。これ以上はいけない、自分の中で警報が鳴る。ゆっくりと尚希の体を離した。  ハンドルを握り、車を発進させる。  尚希はぼーっとしていた。このたった何分かの出来事が、未だに現実とは思えない。そんな気持ちだった。  先生と恋人――そして大人のキス。  車が、尚希のマンションの前で止まる。 「今度の土曜日はうちに来るだろ?」 「うん」 「じゃあな、おやすみ」  尚久は、尚希の額に口付ける。尚希は、車を降り、おぼつかない足取りで、マンションへ入っていった。  母はまだ帰宅していなかったので、尚希は早々と風呂に入った後、自分の部屋に入る。今晩は、母と顔を合わせたくなかった。  最近は母とも、何かと会話が弾んでいた。特に母は、尚久や北畠家の話題を聞きたがった。  しかし、今晩は絶対にそれだけは避けたかった。尚久のことをどう話していいのか分からない。  恋人になったなんて、絶対に話せない。ましてや、キスしたなんて。

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