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第54話 8章 運命への恐れ
尚久は、会いたいと尚希を誘った。しかし、尚希は理由にならない理由を付けて断ってくる。ここまでは想定内のこと。
夜、尚希のマンションの前までいき、すぐ降りてくるようにと、強引に誘った。
尚希は動揺した。会いたくなかった。会えば心が乱れる。会わずに、このまま忘れたかった。
尚久に運命の相手が現れたら勝ち目はない。そんな目にあうなら、ここで別れた方がいい。
尚久が運命の相手に惹かれいくのを、見たくない。それは、どうしようもなく辛いから。
マンションを出ると、すぐに尚久の車が止まっていた。
尚希に気付いた尚久が降りてきて、強引に乗せられた。こんな、強引な尚久は初めてだった。
少し怖いと感じる。先生、怒ってるのかな……。
「お前、私を避けてるな。どういうつもりだ。何か悩みがあるなら話せと、いつも言ってるだろ」
「べ、別に悩みなんて……」
「無いというのか。お前が何かに悩んでいるのは気付いていた。しかし、何に悩んでいるかまでは分からなかった。けれど、それが分かったよ。私の運命の相手だろ」
運命の相手という言葉に、尚希はギクッとして、尚久を見る。
やっぱり、図星だ。
「ふっ、分かりやすいな、やっぱりそうか。何故、そんなことで悩むのだ」
そんなことじゃない。僕にとっては凄く、重大なことだ。
「ぼ、僕はベータだから」
「だから、なんなんだ。そんなこと関係ない。お前がベータなのは最初から知っている。ベータとか、アルファとか、オメガとかは、好きになる気持ちに何の関係もない。違うか」
「で、でも先生はアルファだから……お父さんやお兄さんみたいに、運命の相手がいるって……」
「お前なあ……運命の相手なんて伝説だと言われてるんだぞ」
「だっ、だけど! 北畠家の人はそういう家系なんだと思う」
「父さんに続いて、兄さんまで、それだけで奇跡だよ。そんな奇跡、もう無いよ。めったに無いから、伝説だし、奇跡なんだ。実際、運命の相手が存在するなら、もう出会っているだろう。未だ出会っていない、それは存在しないからだよ。それより私は、ベータのお前と出会った。そして好きになった。それが全てだ」
ベータの僕と出会った――そして好きになった。今、先生そう言った。
尚希は目を見開いて、尚久を見る。先生、本当に僕のこと好きなの――。
「好きだよ。尚希が、お前のことが好きだ」
尚希は頷いた。嬉しくて、言葉にならない。ただ、頷くしかできない。僕も、先生のことが好き。ベータだけど、アルファの先生のことが好き。
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