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第55話 8章 運命への恐れ

 頷いて俯いたままの尚希の顔を上げさせて、尚久は口付けた。  最初は唇を食むように優しく、しかし徐々に口腔深く貪るように――。  尚希は、段々と激しくなる口付けに圧倒される。尚久の背中にしがみつき、応えることも叶わない。  尚久が唇を離した時、尚希は放心状態だった。体の力は完全に抜けて、その唇は濡れている。 「ふっ、可愛いなあ」  尚久は、そんな尚希を抱きしめる。キスだけで、トロトロに蕩ける尚希が、どうしようもなく可愛い。  抱きしめていると、尚希の心臓の音も感じる。かなり、脈打っている。そこが、また可愛い。こういう行為に真っ新な証拠。 「北畠家の家系は、愛に一途なんだよ。父さんも、兄さんも、母さんとあお君を一途に愛している。二人共、愛した人を、自分のものにするために、一途に努力してものにした。その後も、全く変わらず愛し続けている。別にそれは、運命だからじゃない。愛に真摯で一途だからだよ。それが北畠家の家系だと私は思っている」 「院長先生も彰久先生も凄いよね」 「ああ、そこは私も二人は偉いと思っている。時に暑苦しいと思うけど、それだけ二人の愛は深い」 「うん、でも、雪哉先生も、蒼先生も魅力のある人だから。愛されるだけのことはあるから……」  だから、愛される資格がある。そう言いたいのだろうと、尚久は察した。あの二人と比べることはない。自信を付けてやりたい。お前だって愛される資格はあると。 「お前も可愛いよ。いや、私にはお前が可愛い」  尚希の顔が、恥ずかし気に、ほんのりと染まる。尚久は続けた。 「確かに母さんは、自分の母親ながら凄い人だ。父さんが一心に愛するだけはあると思う。あお君もそうだ。兄さんがあれだけ一途に愛する気持ちは分かる。でも、それだけじゃない。母さんも、あお君も愛されているだけじゃないよ。同じ位相手を愛している。愛は決して一方通行ではない」  自分を見つめる尚希の頭を、尚久は優しく撫でる。 「私がね、二人の愛を偉いと思うのはね、ただ闇雲に愛しているだけじゃないからだよ。分かるか?」  尚希は、少し首をかしげる。 「溺愛するばかりが、男の脳じゃないと思うのだよ。二人はそれぞれ相手の成長を願っているからだよ。だから、母さんも副院長も務められた。母さんだけの力じゃない、父さんの助けがあったからだよ」  そこで、尚希にも理解できた。蒼もそうなのだと気付いた。 「兄さんもだよ。あれだけ溺愛して、時に独占欲丸出しにしながら、それでもあお君を閉じ込めることはしない。番のオメガを奥深く閉じ込めるアルファは珍しくないのにだよ。それをしないのは、あお君への愛。今度の院長の件もそうだ、兄さんの賛同が無ければ無かった話だ。それが兄さんの愛。相手の成長を願う愛。それが分かるから、あお君も最初は固辞したけど、受けたんだよ」 「彰久先生も偉いけど、蒼先生も立派だよね」 「ああ、私もそういう愛し方をしたいと思っている。それが北畠家の伝統だと思っている。相手の成長を願い、共に歩んでいく愛だよ」 「でも、僕、お医者さんにはなれないから……」 「別に医者同士でなくてもいいだろ。お前の学問は医学の発展に関係ある学問だし。そこで、頑張って欲しいと思う。お互い仕事はそれぞれ頑張っても、プライベートでは助け合える。仕事は別々だからこそ、励みになることもある。私はそう思うけどな」

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