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第56話 8章 運命への恐れ

 尚久にとって、尚希は癒しの存在になるだろうと思うのだ。  母や、蒼のように頼りになる存在ではないかもしれない。  否、そう思っているのは自分だけで、父と兄も、母や蒼は庇護するだけの存在かもしれないと思い直す。  多分、彼らは全力で守っているのかもしれない。だからこそ、母と蒼も、大らかに力を発揮できるのかもしれない。 「尚希、私と将来を共にしてくれないか? お前が卒業したら結婚したい」  突然のプロポーズ。尚久には突然ではないが、尚希には突然だった。 「で、でも……ぼ、僕でいいの?」 「僕でいいんじゃない、私は、お前が、尚希がいいんだ。私と結婚して欲しい」  本当なんだろうか。尚希は信じられない思いだ。先生が、僕にプロポーズ! 「どうした、返事はくれないのか?」  尚希は、大きく頷いた。感動で言葉にならない。信じがたい思いだ。そんな尚希を見つめ、尚久は返事を促した。 「はっ、……はい」   漸く尚希は、絞り出すように応えた。 「私と結婚してくれるんだな」 「はい」  念を押す尚久に、今度はしっかりと応えた。 「よしっ! これで尚希は、私の婚約者だ」 「えっ、婚約者!」 「結婚の約束をしたんだからそうだろう」  ニヤリとする尚久に、尚希は瞬きをして返す。婚約者、嬉しいけど、恥ずかしい――。 「先生と僕が婚約者……」 「婚約したんだから、先生も卒業して欲しいな」 「卒業って?」 「だから、呼び方だよ。婚約者が先生呼びはおかしいだろ」 「で、でもなんて呼べば」 「そりゃ、名前だろ」 「なっ、名前って……な、尚久さん?」 「呼びづらいなら、なお君でもいいぞ。うちはみんなそう呼ぶから」  確かに、尚久さんはちょっと言いづらい。けど、さすがになお君は――。 「じゃ、じゃあ尚さんで、いい?」 「尚さんか、お前だけそう呼ぶのもいいな。それで決定だ! もう一度呼んでみろ」 「な、尚さん」   尚久は恥ずかし気に呼ぶ尚希を抱きしめた。まだまだ少年体型の残る細い体。この体が成熟するまでには、まだ時が掛かる。それを待つのも醍醐味。  父や、兄のように自分も待つことは出来る。 「よし、婚約者だからな。いらんことで悩むなよ。何かある時は、なんでも私に話せ。いいな、隠し事はするな」  尚希は尚久の胸に、顔を埋めながら頷いた。  僕は今日から先生の、尚さんの婚約者。溢れるような喜びが、その胸を一杯にした。

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