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第59話 9章 母との別れ

「なお君!」 「尚久!」 「あお君! 兄さんも」  駆けつけてくれた、蒼と彰久に尚久は救われる思いになる。二人が来てくれたのは心強い。 「一体どうしてこんなことに……説明は聞いたのか?」 「信号待ちしていた所に暴走車が突っ込んだって。高齢者の運転で、おそらくアクセルとブレーキの踏み間違いだろうって。運転手は警察に連行されている」 「そうか……尚希君のお母さんには全く何の落ち度もないのにな」  そうなのだ。ただ普通に交差点で信号待ちをしていたにすぎない。それなのに、突然命を奪われてしまった。息子一人残して。若くして夫を亡くし、女手一つで一人息子を育てた。その息子も来年は大学卒業。結婚も決まっている。  安堵の思いもあったろうに――。息子の晴れ姿を見ることも無く、逝ってしまうなんて、余りに理不尽過ぎる。  蒼は、母の遺体の横で泣き続ける尚希の体を抱きしめる。可哀そうに、自身も涙がこみ上げる。それを我慢しながら、尚希の背を撫で続けた。  その二人の姿を見ながら、彰久が尚久に話しかける。この場は、自分が冷静に対処しなければと思ってのことだ。 「この先一週間、緊急を要する手術予定はあるか?」 「それは無いが……」 「一、二週間延期しても大丈夫か?」 「病状的には問題ないが……」 「そうか、それだったら、お前は一週間休暇をとりなさい。後は私が調整する」  尚久は兄の言葉をありがたく受け止めた。ここは、素直に甘えさせてもらおうと思うのだ。  尚希の母親に親兄弟の身内がいるのか知らないが、尚希が一人で対処するのは到底無理だ。  自分が助けてやらねばならない。何より側にいてやりたかった。 「すみません、よろしくお願いします」 「水臭いぞ、こういう時に助け合うことが家族だろ」  彰久はそう言って、尚久の肩をぽんとたたいた。僅かに触れただけだが、尚久は、兄の手の温もりを感じた。  その後彰久は、病院、警察、そして葬祭業者との対応をてきぱきと進めた後、蒼と帰って行った。  さすがの行動力だった。尚久は心底兄の実力に感心した。さすがは、若くして副院長を務めるだけのことはある。実際、院長には若すぎるということだったが、十分大丈夫だったのではと思うくらいだ。  それをあえて、蒼を院長にして、自分は副院長の立場で支える。そこに、彰久の大きさを感じる。  やはりあの兄には敵わない。しかし自分も負けていてはいけない、今は尚希を支えることに全力を尽くそうと思うのだった。

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