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第60話 9章 母との別れ
尚希の母の初七日法要が執り行われた。
あの衝撃から一週間、あっという間のことだった。
病院の業務は、彰久が言葉通り全て請け負って調整した。尚久の明日からの出勤を待ばかりの状態になっている。
尚希のこと、言わば私的な事は、引退してフリーな立場だからと、高久と雪哉が全面的に助けてくれた。
萩原家の親戚との折衝など、若い尚久では気付かぬことも、両親のおかげで滞りなく済ますことが出来た。
まだまだ難問は残っているが、とりあえず一区切りつけられたのは、家族のおかげ。尚久は改めて家族の絆の大きさを感じ、そして感謝したのだった。
「私は一度家に戻るが、お前はどうする? 一緒に来るか?」
尚希のマンションに泊まり込んでいた尚久が聞く。明日は、出勤しなければならないので、一度家に戻らねばならない。
「うん……僕は大丈夫……ここにいないと」
弱々しく言う尚希。とても心もとない。これでは心配、一人残して帰るわけにはいかない。
「やっぱり、お前も一緒に来なさい」
「で、でも……」
「大丈夫だ、また一緒に来ればいい。今日は私と一緒にうちへ来なさい」
尚久が、尚希の頭を撫でながら言うと、尚希も頷いた。実際、一人残されるのは淋しく、不安なのだ。一人だとどうして良いか分からない。
尚久に連れられて来た尚希を、北畠家の人達は歓迎した。しかし、あからさまではなく、静かに迎えた。それは、皆の心遣い。小学生の春久でさえ心得ていた思いやり。
この日の夕食、尚希は母との別れ以来初めてまともに食べることが出来た。常のように、パクパク朗らかな様子は無く、淡々と静かにだが、食べられたことに尚久は安堵した。
やはり置いてこなくて良かった。尚希のことを自分が支えるのは、当然だが、北畠家の家族の力も必要だと、再認識することになった。
「尚希君には、客室を使ってもらいますか?」
「ああ、それがいいだろう」
蒼の問いに雪哉が答える。尚希は、今まで頻繁に北畠家に来ていたが、泊まるのは初めてなのだ。
蒼が客室の準備をして尚希を案内した。
「今晩だけでなく、これからここで泊まる時はここを使ってね」
「すみません、お世話かけます。なんか、僕図々しくて……」
「何言ってるの、そんなことないよ。この部屋はね、昔、僕も泊まった部屋なんだよ」
「そうだな、蒼もいつもこの部屋に泊まったな。あれから随分たつな、懐かしいよ」
「最後に泊まったのは、結婚式の前夜でした」
「ああ、覚えているよ」
雪哉がしみじみと話す。
なんか、この部屋北畠家の思いでの詰まった部屋なんだ。そんな部屋に自分が泊まっていいのだろうか、尚希はそんな気持ちになる。
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