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第61話 9章 母との別れ
「尚希もう寝るのか?」
「蒼先生が用意してくれて、なんか先生が昔泊まった部屋だって。そんな部屋に僕が泊まっても……」
「いいから、用意してくれたんだよ」
「そうだよ、尚希君が使ってくれるのなら、僕も嬉しいよ。ねえ、母さん」
同意を求められて雪哉も大きく頷く。
「あっ、でも兄さんはどうかな。あお君が泊まる時は、必ず潜り込んでたから」
えっ! 潜り込むって! いっ、一緒に寝てたの。
「ははっ、そうだったね。その頃はまだ小さくて可愛いかったなあ」
「彰久は蒼に、懐いてたからなあ。それこそ片時も離れずにな。まあ、今はさすがにここで二人一緒に寝るのは無理だろう」
「かっ、母さん」
雪哉がからかうように言うと、蒼は頬を染める。それを見て尚久は微笑ましく思うのだ。
昔は違った。蒼が、彰久のことで顔を染めると、心がつきりと痛んだ。兄への思いを見せつけられるようだからだ。それが、今は微笑ましく思うのは、尚希の存在のため。
今、自分が愛しているのは尚希だから。それは断言できる。
一週間ぶりの病院。
皆、尚久の不在の理由は知っていたし、彰久が滞りなく手配していたため、何の問題なく復帰出来た。
しかし、表面は穏やかになっていたが、かなりのさざ波が起きていた。無論尚久は知る由もないが――。
一週間前、尚久の一週間の休暇が知らされた。理由は、婚約者の母の訃報。これに、さざ波のように、驚きが広まった。実際はさざ波と言うより、大波だったかもしれない。
尚久に婚約者がいた事実に、皆驚愕したのだ。その時まで、誰一人知る者はいなかったのだ。
尚久の帰国以来、常に尚久の相手に関する噂は絶えなかった。しかし、どれも決め手は無かった。そもそも相手がいるのか、いないのか、それも分からない。それが病院中の女子の認識だった。
彰久の時は、帰国早々の結婚で期待は急速に萎んだ。しかし、相手が蒼ということで、皆納得し、そして祝福した。
尚久の場合、既に帰国後数年経過している。それが、未だ何もわからなかったのだ。全く、神秘のベールを被っていたのだ。
そこへ、この事実。お相手の母親の不幸と言うことで、騒いではいけないという理性は、皆ある。
だが、興味は大いにある。一体、尚久の心を捉えた人はどんな人? オメガ? アルファ? 女? 男? なのか。
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