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四話 バックヤードトーク

 黒を基調とした調度品と、まばゆく輝くシャンデリア。ブラックバードは、萬葉町のホストクラブとしては、かなり広い店だ。  グラスを拭きながら、先輩ホストでありマネージャーを担うアキラが、在庫整理を行っていたカノに声をかけて来た。 「珍しいじゃん、今日アフターないの」 「今日はずっと、清くんの相手してたからね」 「清くんって――あのリーマンよな?」 「そーそー。ブサカワの」 「ブサカワっておま……口悪いなあ」 「褒めてるだろ? 可愛いって」 「どうせ『頭が』とかだろ。全く……」 「良いんだよ。オレはドSキャラで売ってるんだから」  悪びれず言うカノに、アキラは「キャラじゃねえだろ……」とため息を吐いた。  ホストクラブの業務は、多岐に渡る。キャバクラと違って通常、黒服の存在しないホストクラブは、黒服が担う業務も兼務することが多く、店の掃除や品出し、帳簿管理や顧客管理なども兼務していることが多い。大抵は『主任』『エグゼクティブマネージャー』など大層な肩書を持っているが、その分仕事も増えていく。  カノの役職は、『副主任』だ。『オーナー』、『支配人』、『店長』、『マネージャー』、『主任』に次ぐ立場である。所謂、中間管理職。下っ端は卒業したが、まだまだトップとは言い難い。売り上げの方はナンバーツーとスリーを行ったり来たりしていた。 「シャンパンまで入れさせて、酷い言い草だよ」 「別に頼んだわけじゃねえし。コール頼みたいっていうから……。それに、安いのでもやるって言ったのに、ドンペリ入れたのは向こうだし?」 「これだよ。全く……」 (まあ、おかげで今月は、ナンバーツーは固いだろうけど)  カノは酒を補充しながら、始終自分にべったりだった清を思い出した。  清を助けたのは、偶然だった。落ち着かせてやるかと同情したら、妙に懐かれてしまった。有り金を全部取られたというのに、カードでボトルを入れてくれた時は、律儀な男だと思った。  あんな男は、萬葉町ではごまんといる。ぼったくりや詐欺みたいな店が減ったとは言え、違法な店も、違法ギリギリの店も、まだまだ多い。このブラックバードだって、そもそもは関西のヤクザが作った店だ。今はオーナーがヤクザ家業から足を洗い、それと同時にこの店もヤクザとは無縁になったが、幹部連中はカノも含めて、そのヤクザの使っていた下っ端である。それゆえ、萬葉町では多少の顔が効いた。 (あの時の連中、見ない顔だったな……)  カノは清を囲んでいた男たちのことを思い出した。再開発が進んで、萬葉町からヤクザの匂いが薄れつつある。シマとりをしていた関西ヤクザたちは撤収し、元々シマを持っていた佐倉組は四代目になってから息を潜めている。それと同時に、インターネットコミュニティを中心に、半グレや若年層の犯罪が増えて来た。 「なんだカノ。難しい顔してよ」 「あ? ああ――。美咲ちゃん最近来てくれないから、どうしたかと思ってさ」 「ああ、お前に入れ込んでた子な」  なんとなく話題を変え、カノは「後でメールしておこうかな」と笑った。 (まあ、ヨシトさんに言うほどのことじゃねえよな。取り敢えず放置で良いか……)  立ち上がって、ボトルの入っていた段ボールを折りたたむ。段ボールの底は倉庫が埃っぽいせいか、粉っぽい汚れがついていて手を白く汚した。埃を払いながら、並べ終えたボトルを見回す。最近ここに加わったウイスキーボトルを見て、目を細める。ボトルは半分ほど残っていた。首に『吉田様』と書かれた札を引っかけて、ちょこんと棚の中に座っている。  あの日助けた場所は、ソープランドの裏だった。清が裸だったことからも、ソープで美人局まがいのことに遭ったに違いないと踏んでいる。萬葉町に来て、わざわざ風俗に来るような男だ。 「……ゲイ――ってわけじゃないだろうし、かといって、バイって感じもしないけど」  土地柄、周囲にはゲイやバイの知り合いも多い。アキラだって、前の前の恋人が男だった。そういう人間は、空気で解るつもりだったが、清に関してはどうにも解らない。完全にノーマルに見えるのに、自分に対する感情に、色が乗っているように見える。もしちょっと押してみたりしたら、あっという間に落ちてしまいそうな――。  そこまで考えて、カノは意識を切り替えるように瞼を閉じた。 (まあ、関係ないけど)  どうせ、清は一過性の客に過ぎない。恩義を感じているのか、ホストクラブに興味を持ったのかは知らないが、どうせ、このボトルが無くなったら、もう来なくなる客だろう。もしかしたらこのボトルはずっとこの場所から、永遠に動かない可能性だってある。  良くてあと一回か二回。その程度の関係。 (まあ、それまでは、稼がせて貰えると嬉しいけど)  そう思いながら、カノは段ボールを抱えてバックヤードの扉を潜った。

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