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十一話 チョロい返事

 ベッドにうつぶせになって、じたばたと手足をバタつかせる。思い出すのは柔らかい唇。甘いキャンディの味。 「うー! あー! うーっ!!」 (キス、した。キスした。キスしちゃった……!!)  しかも舌まで入っていた。三回もした。思い出すだけで身体が火照って、顔が熱くなる。 「……俺、カノくんが……っ!」  好きに、なってしまった。ホスト相手にマジになるなんて、自分でもバカだと解っている。それなのに。  カノの笑顔を見るだけで、幸せになれる。声を聴くだけで、嬉しくなる。  カノは、仕事でキス出来る男なのに。女の子をたくさん侍らせて、お金を得るホストなのに。 (なんで、好きになっちゃうかな……!)  枕に顔を埋め、溜め息を吐く。清はサイドボードに置いた、キャンディの包みに目をやった。 『他にどんな味があんの?』  カノの声が、耳に残っているようだ。甘い甘い誘惑に、耐えられずについ飛びついてしまった。 「――いや、待て。カノくん、俺が……俺がキスしたいと思ってたの、バレてるっ!?」  よく考えれば、あのタイミングであんなことになるなんて、そう言うことに決まっている。カノは清が自分もキスをして欲しいと思っていると、解っていたのだ。 「くっ……! どんな顔して逢えば良いんだよっ!」  ひょっとしたら、清の気持ちも全部、知られてしまっているのかも知れない。そう思うと恥ずかしくて、消えてしまいたくなった。    ◆   ◆   ◆  カノに逢うのが恥ずかしい。自分の好意を知られるのが怖い。先日は同情してキスしてくれたけど、カノは女の子が好きなホストだ。そもそも、自分は客としては異物なわけで、可愛くもなく、男でしかない。 (そもそも、ホストを好きになっても――…)  ホストとの恋愛をネットで調べても、ろくなものが出てこない。売上目的で恋愛をしたり、宿目的だったり、色々とリアルな事情を目にして愕然とする。  もっとも、清はそのスタートラインにも立てないのだが。  仕事中もカノとのキスを思い出しては頭を抱えてしまう。ちっとも仕事がはかどっていない様子の清に、畠中が背後で呆れた顔をした。先日は調子よく仕事していたというのに。ちっとも集中していない。気ムラが多いのは元からなので、今更なにか言われることもないのだが……。 (カノくんは、どう思ってるんだろうか……)  スルーされるのなら、それでも良かった。カノとどうこうなりたいかと聞かれたら、正直解らない。今まで清が欲しかった恋人は、将来どうにかなりたい相手ではなく、恋を楽しむ相手だった。それがカノに置き換わったところで、恋を楽しめるとは思えない。自分でもまだ、気持ちを受け入れられていなかった。 (出来ればスルーで……! 見ないフリしてもらえれば……!)  それがダメなら、傷が浅いうちに距離を置くのも有りかも知れない。なんとなく、そんなことを思う。引き返せるうちに引き返せば、これ以上の失態を晒すこともなく、傷つくこともなく終われるのではないだろうか。一瞬、男が好きだったことがあっても、大した黒歴史にはならないだろう。 (しばらく店、行くの辞めようかな――……)  一度遠ざかってしまえば、もう行くことがなくなるような気もしていた。それならそれで、苦くて甘い思い出だけが残るかもしれない。そんなセンチメンタルな気持ちでため息を吐き出し、ディスプレイに向かった時だった。  見透かしたように、スマートフォンにメッセージが着信する。ビクッと肩を震わせ、恐る恐るディスプレイをタップした。 (うぐ――)  カノからの突然のメッセージに、ドクンと心臓が鳴る。震える指でアプリを起動し、メッセージを確認した。 『私服デー、来るって言ったよね? 待ってるから』 「――っ!」  メッセージに、思わずその場で立ち上がる。急に立ち上がった清に、フロア中の視線が集まった。畠中が「何してんの?」と不審な顔をする。 「くっ……!」  うめき声を漏らし、再び席に着く。その様子を、同僚たちが可哀想なものを見るような目で見つめる。  清は勢いよく、スマートフォンのキーを指先が見えないほど高速でタップして、返信を打った。 『うん♥ 絶対行くね♥ カノくんの私服楽しみ!』  先ほどの決意は何だったのかと思うほど、鮮やかに掌を返す。可愛いスタンプまで送信して、既に行く気満々になっていた。 (カノくん待っててね! 年休取って遊びに行くからねっ!)  もう行かないなんて気持ちは、蓋をして投げ捨てると、清は意気揚々と仕事を始めるのだった。

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