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十三話 清くんは、ナシ

「「「いらっしゃいませ、『ブラックバード』へようこそ!」」」  ホストやスタッフたちに出迎えられ、なんとなく気分が良くなる。いつも通りきらびやかで華やかなホストたちだが、今日はなんとなく雰囲気が違う。『私服デー』というだけあって、わざとらしいスーツ姿でないのが新鮮だ。 (へえ~、なんか新鮮)  イケメンだらけの合コンに来たようだと思いながら、ニヘラと笑う。案内されて回廊を歩いていくと、キャストたちの写真が目に入った。カノのキメ顔の写真の隣に、北斗の写真が飾られている。見たことがある気がしたが、ここで見ていたようだ。  北斗の写真で目を止めた清に、目ざとくカノが口を開く。 「おい、浮気か?」 「はっ!? 違うよっ!?」 「まあ、んなわけねーか。清くんオレしか目に入ってな――」  エスコートのために手を差し伸べたカノが、清の胸元を見て眉間にしわを寄せた。胸ポケットには北斗が差した黄色いバラが咲いている。 「は?」  低い声に、思わずびくっと肩を揺らす。カノがヒョイとバラを摘まみ上げた。 「あ」 「何これ。何でこんなもん入れてんの?」 「それは――」  カノが視線だけ北斗の方を見た。その視線で気づいたらしく、北斗がこちらを向いてニコリと笑みを浮かべると清に向かって手を振った。清はどう返して良いか分からず、ニヘラと笑って見せる。 「――没収」  カノはそう言うと、乱暴に清の腕を掴んだ。 「ちょ、ちょ。カノくん? 今日俺、姫じゃないの?」  もっと優しくしてよ。と訴える清に、カノは清の腰に腕を回して顎に手をかける。 「あ? 何だよ。こういうのも好きだろ?」  ニッと笑って顔を近づけるカノに、店内の女性客が歓声を上げた。 「好き♥」  反射的に返事する清に、カノがプッと笑う。腰を抱かれたままエスコートされ、席に着くと、カノは水の入ったグラスに黄色いバラを投げ入れた。 「来てくれてありがと。わざわざ、会社休んでくれたんでしょ?」  そう言ってカノは清の手を取り、指先に王子様がするようにキスを落とす。突然そんなことをされ、清はビクッと肩を揺らした。顔が熱い。心臓が口から飛び出しそうだ。 「っ、ん……! 私服、カッコよ……!」 「何度も見てるクセに」 「何度見てもカッコいい……」  ハァとため息を吐く清に、カノがニコリと笑みを浮かべた。だが、何故かいつもと違い、その顔が笑っていない。 「そんなにオレにメロメロなのに、なんで|北斗のバラ《こんなもん》持ってたの?」 「は――」  グラスに入ったバラをつんと突いて、カノが問いかける。カノの雰囲気に、思わずソファの上で後退る。 「い、いや、その。さっきたまたま……」 「たまたま?」 「そこの通りでっ! 歩いてた時キャッチに遭って! 助けてくれたの!」 「――へぇ。北斗が」  カノの表情がスッと消えた。 (あ)  なんとなく、これがカノの素の表情なのだと思った。いつも笑っている、愛想のいい青年ではない。年相応の、普通の姿。その表情に、心臓がドキリと軋む。 「ふぅん。それで、清くんは」 「はい」 「今度は北斗のこと気に入っちゃった?」 「えっ!?」  驚いて思わず尻が浮き上がる。が、ついで、状況がカノの時と似通っていることに気づいた。同じじゃないのに。カノと北斗は、全然違う。それに、カノを好きになったのは、助けてくれたからじゃない。 「まさか! 全然眼中になくて、名前も今日知ったのに!」  清が顔を顰めてそう言ったのがおかしかったのか、カノはブハッと噴き出すとケラケラと笑いだした。 「あっはっは。あー。笑える。……あのさあ、北斗って一応、店ではライバル的な?」 「あー…。そうなの?」  知らなかった。と、少し反省する。カノの店での立場を、清はあまり気にしていない。好きだから逢いに来ているし、好きだから一緒に居たいだけだ。献身的な感情は、清にはあまりない。 「まあ、そう言ってもオレは相手にしてないんだけど。勝手にやってればって感じ。だからさ、客取られようが、どうでも良いんだけど――」 「っ――」  カノの指が、清の耳に触れた。耳の側面から耳たぶまでをなぞるように触れられ、ぞくりと身体を震わせる。カノの瞳が、じっと清を見つめる。 「清くんは、ナシかな」 「――っ……、カノ、くん……」  身体が熱い。自分はいま、どんな顔をしているのだろうか。女の子みんなに言っているだろうセリフを言われて、浮かれている自分を、カノはどう思うのだろうか。  カノの腕が腰を引き寄せる。当たり前のようにキスするカノに、ドキドキする心臓が少しだけチクリと痛みを残した。

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