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二十話 募る想い
週末、清は久し振りに、寮に居るつもりだった。毎週末、萬葉町に遊びに行っていたし、なにより週中に一度出掛けている。久し振りにのんびり過ごして、買い物に行ったり、寮の仲間と過ごすつもりだった。
そのつもりだったのだ。
『土曜日、店来てよ。待ってるから』
カノからのメッセージに、血圧が急上昇する。ぶわっと一気に顔が熱くなった。同時に、カノの匂いを思い出す。
(えっ、うえっ……)
待ってる。なんて言葉が、ホストの常套句なのは解っている。けれど、「そんなことは良いじゃないか」と、理性的じゃない自分が「流されてしまえ」と囁いている。スマートフォンを握りしめ、ベッドに腰かけた。
それでも、すぐに「行くね」と返事するのも憚られて、清は躊躇する素振りを見せた。
『んー、でも、今週は私服デー行ったしなー』
と、返事を打つと、すぐに返信があった。
『オレが逢いたいから来いよ』
「っ!」
ボッと顔に火がついたように熱くなる。
『オレが逢いたいから来いよ』。『オレが逢いたいから来いよ』! と脳内で繰り返し、ベッドの上を転がった。カノが、逢いたがっている。カノが、自分に逢いたいと言った。それだけで、世界に幸福が溢れているような気持ちになる。
(ああ、すごい。世界平和も夢じゃない……)
気づけば、清は無意識のうちに、『行くね♥』と返事を打っていたのだった。
◆ ◆ ◆
数日ぶりの萬葉町は、少し緊張した。まだ少し、この街が怖い。多すぎる人と、独特の雰囲気。カノが住む街は、清には少し遠い存在だ。
(……大丈夫。怖くない、怖くない)
言い聞かせるように深呼吸して、雑踏の中へ脚を踏み入れた時だった。
「清」
「っ、え?」
不意に腕を掴まれ、驚いて顔をあげる。金色の髪をなびかせ、カノが清を見下ろしていた。
「え、カノくん? どうして……」
(今日は、同伴の約束ないのに)
カノの顔を見ると、ジワリと熱が浮き上がる。肌の匂いまで、思い出すような気がした。
「逢いたいって言ったの、オレだろ。ホラ」
そう言って、カノが手を差し出す。手を握られ、心音が速くなった。
「っ――」
真っ赤になった清に、カノがニヤニヤと口元に笑みを浮かべる。
「ん? なんだ、清くん。手つないだだけで真っ赤になっちゃって。もっとイヤらしいこともした間柄だろ?」
「そっ……! そう、だけどっ」
清の反応に、ククとカノが笑う。
(もっとイヤらしいこともしたっ……!)
わざとらしい言葉選びに、思考がパンクしそうだ。カノが清を揶揄っているのは解ってたが、心臓に悪すぎる。カノの唇や、指や、アレコレと思い出して、余計に真っ赤になってしまった。
(ハズすぎるっ……)
とても見せられない。顔を背けて手で隠そうとするのを、カノが肩を引き寄せて阻止する。
「ちょ、ちょっとっ……」
「なんで。可愛い顔、見せてよ」
「っ! いつも、ブサイクって言うくせにっ」
「そこが可愛いんだろ」
「どういうことっ!?」
「そういう顔」
カノが耳元でクスリと笑った。その笑顔が魅力的過ぎて、ドクンと心臓が跳ねる。このまま、心臓が止まってしまうんじゃないだろうか。こんなに心臓に負担をかけて、寿命が縮んだんじゃないだろうか。
(いや、推しの笑顔で寿命が延びるって、鈴木が言ってた)
「オレのこと、大好きって顔」
「――あと百年生きられる」
「は?」
顔を両手で抑えてそう言う清に、カノは心底おかしそうにケラケラと笑った。
「おもしれーヤツ」
(あ……)
破顔するカノを見て、トクンと小さく鼓動が波打つ。ホストの顔じゃない。作った笑いじゃない。自然に零れ落ちた、カノの笑み。
(……俺、カノくんが、好きだな……)
じわりと、想いがにじみ出る。カッコよくて、スマートで、イケメンで、モテる男で、ホストで。女の子を泣かせちゃうような男で。男の自分を惚れさせるような男だけど。どこか線を引いていて、本心を見せないようなところもあるけれど。
どのカノを見つけても、清の心は変わらず、真っ直ぐカノが好きだった。
見せかけの彼が好きなんじゃない。出会って間もなくて、殆ど何も知らないけれど。
仕事をしている時、プロ意識が高いのを知っている。お客様第一で、さりげなく気を回しているのを知っている。店の外では、街の顔をやっているのを、知っている。時々、酷く子供っぽく意地悪なのを、知っている。意地悪な顔をして、本当は優しいのを、知っている。
今日だって――。
「どうした?」
「ん。今日は、何飲もうかなって」
清は笑って、カノの腕にしがみ付いた。
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