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二十一 行き場のない恋だから

「お酒サイコー! カノくんサイコー!」  グラスを掲げて笑いながら、浴びるようにワインを飲む。ふわふわするのは、ワイン一本をほとんど一人で飲んでいるからだ。  楽しい時間もあと僅か。もうすぐ閉店時間だ。 (あー、俺って、シンデレラみたい)  閉店時間までしか、お姫様になれない。まるでシンデレラだ。まあ、ガラスの靴はないけれど。 「清くん、テンション高いね」 「うん。だってたのしい」 「ならオレも嬉しい」  そう言って笑いながらドリンクを飲むカノを、じっと見つめる。濡れた唇に視線が行って、あわてて目を逸らした。 (っと、つい邪な目で見ちゃうぜ……)  誤魔化しながらグラスに唇をつける。今日は随分、一緒に居てくれている。カノの指名は相変わらず多い。『ブラックバード』に通うようになって、他のホストに興味がなかった清ではあったが、最近は少しだけ様子が解るようになってきた。  ナンバーワンの人気は、支配人のユウヤ。不動の人気ではあるが、出勤率は低いらしい。清はまだ一度しか見たことがない。ナンバーツーはカノ。月によっては北斗が取っている。そのため、二人はライバルというのが、店での認識らしい。最も、そういう風に仕込んでいるのかも知れない。その辺りのことは、清には解らない。  カノの客層は、ホステスや風俗嬢など、プロが多い。北斗のほうは一般の女性グループが多い印象で、客を奪い合っては居ないようだった。  ナンバースリーは、アキラという男だ。この男は古株らしく、他の若手より年齢が高い。キラキラ系のイケメンが多い『ブラックバード』では、珍しくフツメンなので、清は彼の印象が薄い。 (多分、カノくん、本気出せばナンバーワンになれるんだよなあ……)  カノがナンバーワンにならせて欲しいと言ってきたら、正直なところ、断る勇気がない。ホストに貢ぐなんて、我ながら重傷だと思うが、清はそれくらいのめり込んでいる。  ホストに恋するなんて、馬鹿げていると自分でも思う。同時に、どうせ一過性の恋でしかないのだから、今だけは好きに生きたって良いと思ってしまうのだ。 (この恋は、先なんかないんだし……)  清の一方通行でしかない、片思い。所詮はホストと客の関係性。その上、清は男で、万が一だって起こらない。 (エッチ出来たのが奇跡みたいなもんだしな……)  ハハ。とから笑いしてワインを啜る。酸化したワインは、風味がだいぶ変わってしまった。少しだけ渋みが強くなって、舌先に残る気がした。  カノがソファに置いた清の手に、手を重ねた。 「清くん、今日はラストまで居てくれるんでしょ?」 「え? あ、うん」 「じゃあ、アフターしようよ」 「え」  蠱惑的な笑みでそう言われ、ゾクリと背筋が粟立った。手の甲を、カノの指がなぞる。 「あ、っと、良いの……? 俺で」 「もちろん。清くんとはまだ、アフターしてなかったし」 「っ、う、嬉しいっ……」  料金の発生する同伴とは異なり、アフターは完全にサービスである。つまりは、アフターに誘うのはホスト側の好意や感謝の現れだ。アフターに誘われるようになるというのは、仲が良くなったと言って良い。 (やった、カノくんとアフター! 嬉しいっ! どこに行くのかな。やっぱカラオケとか? カノくん、歌上手いもんな!)  ニマニマと笑いながら、アフターの妄想をする。店が終わったあとのデートなので、必然的に深夜営業をしている店に行く事になる。清は経験がないが、カラオケが多いと聞いていた。  カノがフッと笑いながら、清の額を突っつく。 「嬉しそうな顔して」 「嬉しいもん」 「オレ以外に、その顔見せんなよ」 「っ……。み、見せる相手、居ないし」 「どうだか」  見せる相手など、居るはずがない。そもそも、カノだから嬉しいのに。カノは解っていないのだろうか?  すっかり嬉しくなって、渋くなってきたワインも美味しく感じてしまう。最後の一杯を飲んでいると、若手のホストが席の方にやって来た。 「カノさん、サトミ様お帰りです。お願いします」 「解った。清くん、ちょっと見送り行ってくるね」 「あ、うん。行ってらっしゃい」  どうやらカノ推しの客が帰るらしい。清はなんとなく、カノの背中を追う。 (また、キス営業すんのかなあ……)  カノが他の女の子とキスしているのを見るのは、嬉しくない。他の人だったなら、そういうシーンを見て、むしろ興奮するのに。 (俺、嫉妬深いのかな……)  考えたこともなかった。清は女の子の尻を追い回していた方だが、恋愛経験という意味では、経験値は低い。本気で好きになったのは、カノが初めてかも知れない。  チラリ、遠目にエレベーターの方を見る。カノの傍に頬を赤くしている女の子が立っていた。酔っているのだろう。足取りが怪しい。彼女の身体を支えるカノの手に、モヤモヤしてしまう。潤んだ顔で、期待した瞳で、女の子がカノを見る。  カノは彼女の顎に手を掛け――そのまま、エレベーターの中へと彼女を送り出した。 「――」  キスは、しなかった。  

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