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四十五 天邪鬼な本音

 喉の渇きを覚えて、清は目を覚ました。 (ん……。喉渇いた……。今、何時……?)  外は暗い。まだ夜中だろう。ふと目線をやると、夏音が寝息を立てている。無防備な表情に、心臓が脈打つ。 (あれは……。そういう、意味だったんだろうか……)  夏音の長いまつ毛が頬に陰を落としている。  夏音が、他の誰かと、肌を合わせたりしていないという事実に、胸が疼く。なんとなく、自分以外の誰かと、そういうことをしていないのは感じていた。でもそれは、今、清とすることにハマっていて、ただ、それだけが理由なのだと勝手に思っていた。  けれど。 (そういう意味だと、思って……)  良いのだろうか。  夏音から、具体的に「好き」という言葉を聞いたことがない。けれど、もし聞いていたとしても、清はきっと真に受けて居なかった。ホストの唇から紡がれる言葉を、どこまで信じられるかと聞かれれば、やはり難しかったと思う。夏音の言葉を嘘だとか、薄っぺらいとは思っていないが、相手が自分だと思えば、やはり信じられなかったと思う。  客の誰かと寝ることをしない。その言葉は、重みがあった。  じゃあ、自分は客ではなかったのだろう。思い返せば夏音は、店では「清くん」と呼び、外ではいつも「清」と読んでいた。夏音は最初から、線引きをしていた。 「っ……」  ジワリ、熱が浮く。  夏音が自分を好きかも知れない。そう思うと、嬉しさが滲む。  自分のものにならない男だと思っていたのに、いつの間にか手に入れていた。そう思うと、嬉しくて、躍り出しそうな気持ちになる。 「夏音……、好き……。好きだよ……」  囁いて、頬にキスをする。夏音が僅かに身を捩った。 (ああ、朝が来たら、帰っちゃうんだな……)  自分も、明日は仕事だ。夏音もまた、萬葉町へと帰っていく。 『客とホスト』という線引きが外れてしまった今、清は自分の欲を自覚する。もっと一緒にいたい。ずっと、こうやって寄り添っていたい。  朝の別れを惜しむことなく、毎日顔を合わせたい。  けれどそれは、夏音がホスト『カノ』を続ける限り、叶わない夢だ。  毎週末しか逢えない、それも、ごくわずかな時間。 「……本当は、もっといろんなところ、遊びに行きたい。映画も海も行きたいし、遊園地も行きたい。旅行も行きたいし、一緒に何かしたい。もっと、一緒にいたいよ……」  呟きにこたえるように指を握られ、ドキリとした。  気が付けば、夏音が目を開いてこちらを見ている。ドクドクと、心臓が鳴る。フッと笑って、夏音が清を引き寄せた。 「オレも」 「――……」  頬が熱くなるのを感じて、清は押し黙る。いつから聞いていたのだろうか。 「あのっ……。夏音……」 「清」  夏音が、真面目な顔をして清を見た。 「今、色々考えてて」 「う、うん」 「……どうするのが良いのか、真面目に悩んでる」 「……それは」  ホストのこと、だろうか。なんとなく、そう思った。  ドクドクと、心臓が鳴る。 (もしかしたら夏音は)  ホストを辞めようと思っているのかも知れない。漠然と、思う。 「別に、今だから考えてたわけじゃないから」 「うん……」  清のせいではないと、そういう。けれど、全くゼロなわけでないことも、解っている。  今じゃなくても、いつかは、夏音もホストではなくなっただろう。『ブラックバード』が夏音にとって、特別な場所なのを知っている。だから、なんだか不思議な気持ちだった。 「ってもな。オレ、高校中退だしなァ」  ハァ、と夏音がため息を吐く。高校に入学したものの、結局はろくに通わず、中退してしまったらしい。 「まあ、中学もまともに行ってないのに、大学まで出て教師になった人が身近にいるからさ。学歴で泣き言は言えねえ」 「すごい努力したんだね、その人」 「ああ」  そういう夏音の顔は、どこかすっきりしていて、彼が何かをもう決めているのだと、清は思った。 「清の会社のホームページ見たよ。すごい、普通の感じ」 「まあ、普通の会社だし」 「良いよな。オレは、普通の清が好きだよ」 「うん――え?」  あまりにもあっさりと口にされて、一瞬言われたことを理解出来なかった。気づいて夏音の方を見れば、夏音は恥ずかしいのかそっぽを向いていた。 「夏音?」 「うるさい」 「ちょっと、もう一回」 「良いから、寝ろ。明日も会社なんだから」 「言ってくれるまで寝れない!」  しがみ付いてせがむ清に、夏音はしばらく黙り込んでいたが、やがて根負けしたのか顔を赤くして呟いた。 「好きだよ。清」

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