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四十六 消えた清

 両想いになった。そのことが、嬉しくて溜まらない。今はホストと客の関係ではあるけれど、恋人でもある。その事実が、清の足取りを軽くさせた。  萬葉町に通うのも、すっかり慣れてしまった。あんなに怖かった町も、今では第二の故郷のように馴染んでいる。『ブラックバード』に来れば、ホストたちのほとんどは清の顔を知っていて、実家のように馴染んでいた。 (今日も働いてる夏音はカッコいい)  遠目にホストの仕事をする夏音を見つめながら、薄い水割りを啜る。今日もオールで過ごすため、酒は薄めに作って貰っていた。奥にあるソファ席はもはや清の指定席で、来るたびにここに通される。時折、清が退屈していないか、アキラや北斗と言った顔なじみのホストたちが覗きにやって来る。時には同じ客の女の子もやって来て、「カノくん良いよね~」と押し活報告をしあったりもしていた。 『ブラックバード』での知名度があがるということは、客からも認識されるということだ。ホストのお気に入りである客のことは、当然ほかの客も知っている。時にはファンのファンというような不可思議な存在も発生するのだ。  特に清は、珍しい男性客ということもあり、一部の女性客からは人気があった。カノとイチャイチャしている姿と、北斗が間に挟まる構図が、堪まらない人間がいるらしい――というのは、本人は知らない話だが。  そんなわけで、清の席に女性客が来ることは、滅多にはなかったが、ゼロではなかった。今日も、恵理という女性客が、カクテル片手に近づいてきたところだった。 「カノのメンタルエースなんですよねえ?」  甘ったるい声でそう言われ、清は「メンタルエース?」と返した。ホストクラブにとっての「エース」という存在は、知っている。担当ホストに一番お金を落とす客。という認識で正しいだろう。だがそれに「メンタル」がつくと、どういう意味になるのかは清は解っていない。 「カノの精神安定剤だって、聞いてますよぉ。ヨシダさんいないと、不機嫌だって」 「えっ、そ、そうなんだ?」  思わず、視線が夏音を見る。夏音は奥のテーブルで、客の相手をしたまま戻ってきていない。 「仲良しさんなんですね♥」  ニッコリ微笑んで、恵理はカクテルを差し出した。かき氷のブルーハワイみたいに真っ青な、綺麗な色のカクテルだ。 「ありがとう」 「ふふっ。カノの話聞かせてよぉ」  香水の匂いが、鼻につく。カクテルの甘ったるい味が、喉にこびりついた。  ◆   ◆   ◆ (ハァ……ダル……)  欠伸をかみ殺して、北斗はホールを見渡す。客を見送って、席を確認する。閉店まで三十分。新規の客はおらず、席もまばらに空いている。今日はアフターの予定もないので、あとはこの退屈な三十分をやり過ごすだけだ。 (相変わらず、カノんとこには人が居るし)  夏音の接客は清以外には適当だというのに、客たちは夏音に夢中のようで笑い声が絶えない。夏音はここ最近、何かを覚悟したような顔をしていて、北斗はそれも面白くない。自分と同じく、ホストなんて商売をしながらどこか捨て鉢な感情を抱えていたはずの男が、いつの間にか違う生き物になっている。 (そんで、その原因は相変わらず、放置してるわけだ)  夏音が変わるきっかけになった吉田清という男は、店では大抵一人で飲んでいる。ホストクラブに来ているのに、ホスト遊びをしていない。あれで何が楽しいのかと思うが、ちょっかいを掛けると夏音どころかアキラにまで怒られる。だから余計に、ちょっかいを出すのだが――。 (また、揶揄って遊ぼうかな)  自分の客はもう居ないため、清のところにでも行こうかと、いつもの席に脚を向けた時だった。いつもなら居るはずの、清の姿が席にない。テーブルの上に残された、見覚えのない青いカクテルが、やけに存在感を放っていた。 (……?)  違和感に、ざわりと皮膚が粟立つ。無意識に視線をめぐらせる。  エレベーターに、その姿があった。 「っ!」  意識のなさそうな清を、二人の女が、エレベーターに押し込むところだった。女と目が合う。女が、チッと舌打ちしたのをみて、北斗は叫び声をあげた。 「待て!! オイ!」  北斗の叫びに、ホールの視線が向く。エレベーターが閉まり、ランプが下へと降りていく。  慌ててエレベーターのボタンを押すが、間に合わない。夏音が何事かと、北斗に詰め寄る。 「オイ、どうした、北斗」 「ぼさっとしてる場合か! 吉田が誘拐された!」 「っ……!?」  サッと顔を青ざめさせ、夏音が慌てて階段を駆け下りる。北斗も続いた。ホールはまだざわめいていた。 「清っ……!」  階段を降りると、エレベーターは既に到着した後だった。店の扉が揺れている。もう、外へ出たらしい。 「清!」  扉を勢いよく開き、外へ飛び出す。同時に、白いバンがエンジン音を響かせ、勢いよく走り去っていくのが見えた。 「――! 清!!」  追いかけるも、無情にも車は、繁華街へと消え去って行った。

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