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第2話

この日は親会社の後任と挨拶を兼ねた打ち合わせだ。 課長や他の営業担当と一緒に、駅を挟んで反対側にある親会社本社ビルに向かった。 打ち合わせ用オープンスペースに通されると、親会社の部門長が担当者を紹介する。 「新しく担当する主任の黒岩だ。よろしく頼む」 「よろしくお願いします」と、黒岩が頭を下げる。 俺はその瞬間、全身が凍りついた。 寄りによって担当が黒岩。嫌でも顔を合わせることになる。 使えない荒井のほうがよかったと心から思う。 「面識はあるのかい」 「いえ、開発事業本部の方とはやりとりしておりましたが」 「パーキングとはないのか」 部門長が席を外すと、元担当の荒井がニヤニヤしながら口を開いた。 「あれ、黒岩と黒瀬さん、ドッペルゲンガーとか言われてなかったっけ?入社式で。言われてたよな」 ドッペルゲンガーだなんて、俺にとっては嫌な思い出を掘り返されるようなものでしかない。 それに、「ドッペルゲンガーって、死ぬとかじゃなかった?死んじゃうんじゃない」なんて、くだらない冗談まで飛び出す始末。 いい歳した大人が何を言ってるんだか。 心底呆れながらも、営業スマイルを崩さないように努める。 こんな奴に付き合うのは本当にしんどい。 「それは、困ります。私、異動したほうがいいですか?」 だから女性社員から嫌われるんだよ。 「荒井さん、安心してください。死にません。似てませんから」と、黒岩が静かに荒井を黙らせる。 その声には、自信と余裕がにじみ出ていた。これが、仕事のできる男とできない男の違いなんだろう。 課長と俺は残り、黒岩と竹ノ塚の件で打ち合わせを始めることになった。 黒岩は俺に気づいていないようだった。それに安堵する一方で、苛立ちが胸に渦巻く。 「似てませんから」――確かに、彼は俺なんかと似ているなんて言われたくないだろう。 それは理解できる。しかし、どうしようもなくムカつく。俺は彼のような人間が嫌いだ。 自分とは全く違う、輝かしい存在。そんな彼と顔を合わせるたびに、自分の凡庸さを突きつけられるようで、耐え難い。 ――ああ、しんどい。 会社に戻り、パソコンでグループウェアを開くと、2年下の後輩から退職の挨拶が届いていた。 辞めるという選択肢もあるのかと、ふと思う。 しかし、またゼロから人間関係を構築するのはしんどい。 結局、俺はここで踏ん張るしかないんだ。ため息しか出ない。 残業の合間に、リフレッシュルームでコーヒーを買っていると、「黒瀬さん、お疲れ様です」と女性社員二人に声をかけられた。 おしゃべり好きな彼女に捕まってしまい、疲れた頭で適当に相槌を打つ。 彼女の話は親会社の荒井にしつこく飲みに誘われたことについてだ。 「A4の紙を持ってるから、何?地図?って思ったら、お店着いた途端店員に渡してクーポンだったんです!えっ!紙で印刷する人、久しぶりに見たんですけど」と笑いながら話す彼女に、 俺はただ「大変だったな」と返すしかない。 パソコンも人差し指入力、スマホも電話専門の男だ。それに電話対応も横柄。 いいところを探すも見当たらない。 上にゴマをするのはうまかった。 「彼氏いるのとかしつこく聞かれるし、昔のモテ自慢されるし。3人で王様ゲームしようとか言われるし。え?いつの時代!?」 「そういう時は、誘って。向こうの若手にも声かけるから。人数増やして一人当たりの負担減らそう」 「はい。ありがとうございます」 「今度の担当はそういう人ではないと思うけど――」 「黒岩さんなら、いいよねえ」 「ねえ」 いいんだ。そりゃそうか、ハイスペックだもんな。 アイツ独身だし、あわよくばってか。 「今度誘ってみる?黒瀬さん、懇親会を兼ねて誘ってくださいよー」 絶対、嫌だ。 「そうだな、課長に相談してみるか」 女性社員たちが黒岩の名前を出した瞬間、俺の中で何かが引き裂かれるような感覚があった。 俺とは違う。やっぱり、俺は彼のような人間が嫌いだ。 こんなふうに、俺を苦しめる存在が。 疲れた。早く帰りたい。俺はため息をついて、仕事に戻るしかなかった。 ――しんどい。 会社から自宅の最寄り駅に着いたのは、21時40分。 ヘトヘトになって、早く帰って寝たいとしか思えない。 セットしていた前髪がハラハラと落ちる。 スイッチが切れた。 そんなとき、聞き覚えのある声が俺を呼び止めた。 「黒瀬さん?」 今一番会いたくない男だ。 「今帰りですか? よかったら飲みに行きませんか?」 正直、断りたかった。だが、俺はうまく言い訳を見つけられず、結局「行きましょう」と答えてしまった。 表面的な関係を保つために、無理やり口角を引き上げる。前髪を掻き上げた。 黒岩はそんな俺の気持ちに気づいていないのか、それとも気づいていて無視しているのか、微笑んでいるだけだった。 頑張れ、俺。

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