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第4話
と、意気込んでみたものの、一人に戻れば今まで通りの生活を送っている。
黒岩とはのあの日以来、顔を合わせることはあっても、必ず他の人間が一緒にいる。
二人きりになることはない。
この日も、親会社の施設部担当の岡田と黒岩、そして俺は現地確認のために一緒だったが、黒岩は別の物件へ行くことになり、俺と岡田は会社に戻ることになった。
岡田は入社して3年目の若手社員だ。
親会社の社員にもかかわらず、鼻にかけるようなそぶりもなく、少し頼りないが一生懸命頑張る姿に好印象を持っている。
そんな岡田が、二人きりになると、言いづらそうに話しかけてきた。
「黒瀬さん、来週じゃなかった再来週の木曜に飲み会があるんですけど、参加してもらえませんか? 女子社員に黒瀬さんを連れてきてって迫られちゃって…」
岡田は申し訳なさそうに、そして助けを求めるように言う。
俺もかつては同じように先輩の手前、女性陣を集めなければならなかった時期があった。
あの時代は確かに大変だった。
「もちろんです」と答えると、岡田はほっとしたように笑顔を見せた。
「ありがとうございます。黒瀬さんもダメだったらどうしようかと焦ってました」
「私も、ですか?」と聞くと、岡田は困ったように苦笑いを浮かべる。
「黒岩さんがその日、午後から出張で、断られちゃったんですよ。日帰りなので早く終わったら連絡くださいとは伝えたんですけど…」
黒岩の名前を聞いて、胸の中が少しざわついた。
飲みの席で顔を合わせないことにほっとした。
女性に囲まれる黒岩をみたら、また劣等感がぶり返すのではないかという不安。
でも、岡田の苦労を思うと同情せずにはいられなかった。
週末、俺は居酒屋に足を運んだ。女将さんにきちんと謝罪するためだ。お詫びの手土産を持って行くと、女将さんはあたたかく迎えてくれた。
「あら、いらっしゃい」
「この前はご迷惑おかけしました」
「気にしなくていいのに」と言いながらも、女将さんは手土産を受け取ってくれた。
「今日はクレープグラタンを食べていってね」
居酒屋のカウンター席に座り、ビールとクレープグラタンを頼むと、女将さんがふと話し始めた。
「黒岩さん、猫ちゃんたちが心配で一旦帰って、それからまた戻ってきたのよ」
その言葉に驚いた。黒岩がそこまでしてくれていたなんて、俺は全然気づいていなかった。
いい奴だよな…。
アイツにも、謝らないとな。
きちんと謝罪していなかったことを思い出す。
泊めてもらった上に、朝食までご馳走になって。
よく考えたら、俺感じ悪かったよな。
それなのに、仕事ではそんな素振り見せないし。
本当に、いい奴だよな。
月曜日、課長から至急と念押しされた書類を渡すために、黒岩に連絡を入れた。
「黒瀬です。お世話になっております。お渡ししたい書類がありまして、本日お時間いただけますか?」
黒岩は13時30分には外出すると言っていたが、それまでの時間を取ってくれることになった。俺は13時に彼の会社へ向かった。
親会社の本社に着くと、黒岩はオープンスペースではなく、会議室に俺を案内した。
「すみません、お忙しい時に――」
「俺の前ではオフでいい」と彼は言った。
気を遣ってくれているのかもしれない。
「それに、書類はこちらのミスだから気にするな」と彼が言うと、俺は少しだけ安心した。
だが、オンだと仕事だと割りきれるがオフだとまだ気まずさが残る。
「俺は行くが、ここ14時まで予約してあるから、自由に使ってくれ」
「え?」
「今夜飲み会だろ?少し休んでおくといい」
また、気を遣われた。
「0時過ぎたら、泊まりにおいで」
黒岩の優しさが、くすぐったい。
夕方、会社でのグループ会議が終わり、階段を降りていると、ヒールの音を荒立てて階段を駆け上がる女性社員をすれ違う。
危ないなと思い、振り返る。
女性社員はおしゃべりに夢中になっていた社員たちを避けようとしてバランスを崩し、落ちてくる。
俺は反射的に彼女を庇おうとして、右足が下敷きになる。
鈍痛が走り身をよじる。
会社に戻ると、ギブスと松葉杖姿の俺を見て、女性社員たちが心配そうに駆け寄ってきた。
「黒瀬さん、大丈夫ですか!」
「ひびが入ってるって」と俺は苦笑した。
「3週間はギブス着用だそうです」
課長に報告する。
今日の飲み会も断らないといけないな…。
岡田には申し訳ないことをしてしまった。
ため息がこぼれる。
俺は不器用なままだ。
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