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第5話
※黒岩目線
荷物が多かったので、俺は会社に戻った。
エレベーターを待っていると、同僚の岡田が声をかけてきた。
「黒岩さん、お疲れ様です。今戻りですか?」
「ああ、トラブルでもあったのか?」
飲み会にいるはずの岡田がここにいることが不思議で聞いた。
「黒瀬さんが欠席になったので、女性陣が早々に帰っちゃって」
「そうか…」
黒瀬が欠席した理由が気になった。
「足を怪我されたらしくて」
「怪我?骨折?」
「そうらしいです。当面の間、テレワークになるみたいですよ」
黒瀬は確か2階に住んでいると言っていた。
骨折ということは、松葉杖だろう。
これなら、彼の世話をさせてもらえるかもしれない。
エレベーターを降りると、俺はすぐにスマホを取り出し、黒瀬に連絡をした。
俺は末っ子として、母と三人の姉から溺愛されて育った。
彼女たちが俺を可愛がる姿をみて、俺も誰かの世話をしたい、尽くしたいという思いが芽生えていた。
愛されるよりも、愛したいと。
だが、誰かに告白されると、途端に冷めてしまう。
いくら良いと思っていた相手でも、先に告白された瞬間、その感情は冷たくなるのだ。
何人かと付き合ったが、結局誰も好きになれなかった。
学生時代は、世話をする対象がいたから何とか気を紛らわせていたが、社会人になり恋愛から距離を置くと、その欲求がどんどん強くなっていった。
最近では、庭に迷い込んできた猫たちの世話をしてその欲求を満たしていたが、彼らも手がかからなくなり、また欲求不満の状態に戻ってしまった。
そんな時、黒瀬と再会したのだ。
彼を初めて見かけたのは、高校時代のインターハイだった。
そして次に会ったのは入社式。
彼の周りにはいつも人がいて、人当たりも良く、会話の中心にいる。
器用な人だと思っていたが、実はその表面下には無気力で面倒くさがりな一面があることを知り、俺は彼に対して世話をしたいという思いを抱くようになった。
黒瀬の会社の前でタクシーを待たせ、彼が降りてくるのを待つ。
黒瀬が姿を現すと、俺はすぐに駆け寄り、「荷物、持つよ」と言った。
「悪いな。」黒瀬は軽く頭を下げ、俺に荷物を手渡す。
紙袋にはパソコンとWi-Fiが入っている。
「テレワーク用か?」
「ああ。テレワークはありがたいけど、持ち帰らなきゃいけないものが多くて、どうしようかと思ってたんだ」
助かった、と彼が言った時、俺は心の中で嬉しさが込み上げてきた。
黒瀬をタクシーに乗せ、俺も反対側から乗り込む。タクシーが発車する直前、黒瀬が何かを思い出したように身を乗り出した。
「あ、行き先――」
「俺の家だ。」
俺は先に答える。
「え?」
驚いた声が返ってきた。
「泊まりにおいで。ギブスが外れるまで、俺の家に泊まればいい」
「いや…悪いって。」
俺の強引な提案に、黒瀬は困惑している。
断る理由を必死に考えているのが見て取れた。
だが、断られる前に、「決まりな。」と押し切った。
少し強引すぎるかもしれないが、この欲求には逆らえなかった。
家に着くと、猫たちが出迎えてくれた。
「餌の時間か?」
「ドライフードはタイマー設定してあるから大丈夫だよ。これはお帰りなさいの挨拶だ」
「そっか」
黒瀬をソファに座らせ、俺は彼の背広を脱がせてハンガーにかけた。
次にワイシャツのボタンを外そうとした時、「な、なんだよ?」と、彼は驚いたように聞いてきた。
「シャワー浴びるだろ?」
「じ、自分で脱げるよ!」
彼は焦った様子で答えた。
「そうか」
少し残念だったが、無理強いはしない。
ここで逃げられては困るからだ。
俺は次の手を考えながら、「ギブス専用の防水カバーは明日届くから、今日はビニール袋で代用するよ」と言った。
「いや、一日くらいシャワー浴びなくてもいいって。手間だろ?」
「手間じゃない。すっきりした方がよく眠れるぞ」
黒瀬は少し困惑しながらも、ワイシャツを脱いだ。
「下も脱げるか?ギブスに引っかかるだろう。手伝うよ。」
俺が言うと、彼は顔を赤くして、肌着とパンツ一枚になる。
「パンツも脱いでくれ」
俺は平然と告げると、
「こ、ここで?」
彼はさらに驚いたようだったが、俺は動じなかった。
「全部脱いだら、ギブスに防水対策をするから」
男同士でも、さすがに恥ずかしいのだろう。
黒瀬は俯きながら、パンツを脱いだ。
耳が赤くなっているのが可愛くて仕方なかった。
彼は肌着を脱ぐのは少し抵抗があるようで、その裾をしっかりと握りしめている。
「じゃあ、ギブスにビニールを被せるぞ」
俺は優しく言い、彼の気持ちを尊重した。
風呂場に入ると、
黒瀬は「いいって、一人でできるから。」と主張したが、
俺は「心配なんだ。手伝わせて。」と言って、浴室に一緒に入った。
「椅子に座ってくれ。朝、浴槽の縁に置けるか?辛くないか?」と尋ねると、
「大丈夫だよ」と、彼は少しだけ安心したように答えた。
シャンプーや身体を洗いたいという衝動が湧き上がったが、それはやりすぎかもしれないと自制した。
「外で待ってるから、終わったら声をかけてくれ。」と伝えると、
彼は「うん。」と小さな声で返事をした。
黒瀬の世話をすることで、俺は少しずつ満たされていくのを感じた。
このまま黒瀬との時間が続いてくれればいい、と俺は心から願った。
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