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第9話
週末の朝、黒岩にリハビリがてら買い出しに誘われた。
「新しい服も試してみよう」と、彼が持ってきた服を手渡される。
「どうしたのこれ?」
「似合うと思って買ったんだ」
黒岩は軽く笑いながら答えた。
驚きと共に、くすぐったい気持ちがこみ上げる。
俺は普段、服選びにそれほどこだわりがない。
無難なものを選んでしまう傾向があるからだ。
でも、この服を試してみたら、俺もこんなに違う印象になるのかと鏡を見つめた。
「隣の駅にオープンしたスーパーまで歩こうか」
黒岩が提案する。
「オープンセールがあるんだって、楽しそうだな」
俺はスマホのチラシを見ながら答えた。
道中、彼は俺のペースに合わせて歩いてくれる。
会話が途切れても、気まずさなんて感じない。
むしろ、自然体でいられる安心感があった。
ふと目が合うと、お互いに微笑んでいた。
スーパーに到着すると、オープンしたばかりの店内は活気に溢れていた。
人々のざわめきが新鮮で、どこかワクワクする。
「魚のあらがタイムセールしてるよ」
黒岩が指差した。
「え、あらってどうやって食うの?」
俺が興味を示す。
「煮付けとか、あら汁とか」
「あら汁…寿司屋で出てくるあれか?」と尋ねると、
「そう、あれだよ」と彼が頷く。
「俺、あれ好き。美味しいよな」
自然と笑みがこぼれた。
「じゃあ、今夜はあら汁にしようか」と彼が提案する。
「作れるの?なんでもできて、凄いな」と俺は感心しながら答えた。
その時、黒岩が耳元で囁いた。
「最近、よく褒めるね。俺に惚れた?」
「なっ!」
俺は思わず声を上げたが、彼はクスクスと笑っていた。
彼との共同生活を通じて、今まで気づかなかった一面が見えてきた。
しんどいからと人との関わりを避けてきたけれど、それは自分自身にも、彼にも、そして家族にも心を閉ざしていた証だったのかもしれない。
少しずつ、俺の世界は広がり始めている。
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