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第12話

頭が痛い。鈍い痛みが額の奥に広がり、目を開けると、目の前に黒岩の寝顔があった。 えっ――。 体が硬直し、動けない。 記憶をたどるが、昨夜のことは朧げで、どうやってここにたどり着いたのかも曖昧だ。 混乱している間に、黒岩が目を覚ました。 「おはよう」 「あ、お、おはよう」 俺の声は妙に上ずっていた。 どうして、彼とこんなに近くで目が合うのか理解できないまま、彼が優しく微笑んでいるのが見えた。 「水、飲む?」 「うん」 彼はベッドから起き上がり、俺のために水を取りに行ってくれる。 その様子を見ながら、俺はまだ夢の中にいるのかと感じた。 「悪い」 「一人で飲める?」 頷くと、彼は少し残念そうな顔をしたように見えた。 「頭が痛むようなら、薬を飲むか?」 「――うん」 「今日は寝とく?ベッドつかっていいよ」 「うん」 言われるままに薬を飲み、再び彼のベッドに倒れ込む。 彼の匂いが枕に残っていて、何とも言えない安心感が心を包む。 昨夜、確かに夢を見たような気がする。 黒岩が出てきた夢だったかもしれないが、詳細は曖昧だ。 時折浅い眠りを繰り返しながらも、猫たちの気配がなく、彼の存在が遠く感じると、途端に寂しさが込み上げてくる。 一階に降りると、黒岩が洗濯物を畳んでいるのが目に入った。 「どうした?お腹すいた?」 時計を見ると、もう午後1時を過ぎている。 俺はどう答えていいかわからず、ただ「いや――えっと――」と口ごもった。 「おいで」 彼が優しく手招きする。その声に導かれるように、俺はソファに近づいた。 「ソファで横になるといい」 「いいよ。邪魔だろ」 「邪魔なわけないだろ。見えるところにいてくれたほうが安心だから」 彼の言葉に安堵し、俺はソファに身を横たえようとした。 その瞬間、ミツイがソファに飛び乗ってきた。 「こら~、わざとだなあ~」 彼が笑いながらミツイを撫でる。 ミヤギまでソファに飛び乗り、堂々と真ん中を陣取る。 「もぉ~、可愛いなあ~。ソファ独占しやがって」 俺は猫たちに覆いかぶさり、彼らの温もりを感じながら、つい笑みがこぼれた。 「俺と一緒に寝たいんだなあ~」 すると、突然バランスを崩し、俺は黒岩に支えられた。 「大丈夫か?」 彼の腕に支えられながら、俺はますます黒岩の存在が大きく感じられた。 彼は猫を床におろすと、そっと俺をソファに座らせ、膝枕を提供してくれた。 「はい。膝枕」 俺は少し戸惑いながらも、彼の膝に頭を預ける。 ミツイが黒岩の脚に乗ろうとしたが、彼は優しくそれをどかして俺のために場所を作ってくれた。 「独占できたね」 彼がからかうように言った。 「お、お前もな!」 「嬉しいよ」 彼が俺の頭を撫でる。その優しい手の感触に、俺はもっと甘えたくなる衝動に駆られた。 二日酔いで弱っているから、今だけは少しだけ甘えてもいいんじゃないかと自分に言い聞かせた。 うどんが食べたいと言えばすぐに用意してくれるし、喉が渇いたと言えば持ってきてくれる。 俺がふざけて彼のアイスを横取りしても、彼は微笑んで見ているだけ。 猫たちと戯れる俺を見て、黒岩はくすくすと笑った。 「なんだよ」 「いつもより甘えてくるな~って」 「二日酔いで…弱ってるから――」 「弱ってなくても、甘えて欲しいな」 「え?」 彼の言葉に驚き、俺は言葉を失った。甘えていいんだ、理由なんてなくても――。 夜、風呂に入ると、昨日の俺を思い出そうとしたが、湯船に浸かった記憶しかない。 風呂から上がると、脱衣所で黒岩が待っていて驚いた。 「昨日みたいに寝ないか心配だったから」 彼の言葉に胸が熱くなり、恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じた。 彼はバスタオルを広げ、「おいで」と言って、俺の体を拭いてくれた。 子供の頃、親に甘えられなかった記憶が蘇る。 「俺さあ、子供の頃、親に素直に甘えることができなくてさ」 心の奥底に沈めていた感情が一気に溢れ出した。 「出来のいい兄と可愛げのある弟の間に挟まれて、俺には何もないなって思ってた。そんとき、手がかからなくていい子だって言われて、それが俺の唯一の取り柄だと思ったんだ。でも、そればっかり気にしてたら、いつの間にか甘えられなくなってたんだよな」 本当は甘えたかった。 もっと愛されたいと願っていたのに、俺はそれを諦めてしまっていた。 「その反動かな。愛されたい、甘やかされたい、必要とされたいって思うのは。でも、なかなかうまくいかなくてさ。俺、不器用だから一つのことしかできなくて」 「もっと甘えていいよ」 彼が優しく言った。 その言葉に俺は頷き、 「俺のことは4歳児だと思ってくれ」と冗談ぽくわりと真剣に言った。 「――それはプレイ?」 「え?そうなるの?わかりやすいと思ったんだけど、要するに」 「ん?」 「我慢しないって決めたから」 「なんだよそれ。ありがとう」 「なんで、ありがとう?」 彼と見つめ合い、自然と笑みがこぼれる。 「じゃあ、今日から一緒に寝る?」 「うん」 ――うん!? 俺は驚きのあまり、黒岩を凝視した。

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