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第13話
※黒岩目線
事務所の机に山積みされた資料を目の前に、俺は大きく息を吐いた。
今日もまた残業確定だ。
近隣住民説明会が終わるまでは、この忙しさから解放されることはないだろう。
「黒岩はまだ若いからいいけど、年寄りにはこたえるよ」と課長がぼやいた。
「課長にはまだまだ頑張ってもらわないと、我々も困ります」と俺は軽く笑いながら返した。
「今週、末っ子の顔も見てないんだ。帰ったらもう寝てるし、朝もまだ寝てるし。俺には癒しがないんだよ」と課長は肩を落とす。
俺はふと、黒瀬のことを思い出す。
あいつの寝顔を見るだけで、いつも疲れが消えていく。
隣に感じる温もりで、朝までぐっすり眠れるなんて、俺は随分と癒されているな。
無意識に口元が緩んだのを感じた。
「黒岩の癒しは猫かい?」
課長がからかうように聞いてきた。
「え……ええ、そうですね」と慌てて口元を引き締めた。
「俺も猫を飼おうかな」と課長が続ける。
「明日の打ち合わせ、大丈夫ですか?問答集の確認もお願いします」と俺は話題を切り替えた。
「わかったよ」と課長が資料に目を戻す。
俺の心の中には、また黒瀬の姿が浮かんでいた。
この感情は一体……。
家に帰ると、ダイニングテーブルの上に栄養ドリンクが置かれていた。
その横には「お疲れ様」と書かれたメモ。
今朝のやりとりが頭をよぎる。
俺が寝坊して一階に降りた時のことだ。
今日は黒瀬のために魚を焼こうと思っていたのに、時間がなくて諦めざるを得なかった。
「悪い。寝坊し――」
「はい、これ~。納豆ご飯温玉乗せ。食べるだろ?」
黒瀬がにっこり笑って、俺の前に朝食を差し出してくれた。
「ありがとう。美味しそうだな」と俺も微笑みながら食卓につく。
「ビタミン、ミネラルもとれるし、タンパク質も!バランスいいだろ」と誇らしげに言う黒瀬に、俺は心の中で感謝した。
最近、夕飯を作れなくて申し訳ないと感じていたが、黒瀬は全く気にしていない様子だ。
「最近夕飯作れなくてごめん。ちゃんと食べてる?」
ずっと気になっていた。一人だとまた栄養補助食品しか食べていないのではないかと。
「いいって。忙しいんだから、気にすんなって」と彼はさらりと答えた。
「ちゃんと食べてる。その時、納豆ご飯と温泉卵の組み合わせ発見して、黒岩にも食べてほしかったんだ。生卵とは違う一体感?があるだろう」
「生卵より好きだな」
「本当、よかった」
「4歳児なのにお留守番できてえらいな~」と冗談交じりに俺が言うと、彼は笑いながら返してきた。
「こういう時は、大人に変身できる。スーパー4歳児だから」
「スーパー4歳児って」と俺も笑い返す。
二人で笑い合ったその瞬間、俺の胸に込み上げるものがあった。
「住民説明会が終わったら、少しは落ち着くか?」
「そうだな」
彼は無邪気な笑顔で「じゃあ落ち着いたらアレ作ってよ。ロールキャベツ」とお願いしてきた。
「いいよ」と俺はその笑顔に釣られるように答えたが、心の中では戸惑いが渦巻いていた。
彼の笑顔が、どうしても頭から離れない。この感情は一体何なんだろう?
口元を手で覆い、俺はやっとそれを認めるしかないことに気づいた。
――これは、恋だ。
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